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前ページ次ページゼロの怪盗 ルイズの焦燥は並大抵のものではなかった。 同級生に『ゼロのルイズ』と揶揄され、不当な辱めを受け続けてきた彼女にとってこの召喚の儀は、 彼女を馬鹿にしてきた連中を見返す最大のチャンスでもあったのだ。 それが、召喚には何度も失敗し、ようやく成功したと思ったら、現れたのは平民の男。 しかも、使い魔の契約を結んだにも関わらず、男はすぐに自分の元から去っていったのだ。 ルイズにとっては、人生最大の恥といっても過言ではなかった。 「何処!?何処なの!!?」 その苛立ちは言葉となり、自然にルイズの口をついて出た。 「アイツ……いや、もうアイツなんて人呼ばわりしないわ!! 犬よ!それもバカ犬!!……犬だって少しは主人を慕うものよ?全く……」 ルイズの口元が歪む。 「ふっふっふっ……どうやら躾が必要なようね。ふっふっふっ……」 そんな風にブツブツと言いながら歩いていると、宝物庫の近くで海東を発見した。 ミス・ロングビルとイチャついている。……様にルイズの目には見えた。 「あのバカ犬ッ!!私がこんなに苦労しているのに!!」 ルイズは怒りに身を任せて、杖を海東の背中へと向ける。 すると次の瞬間、ルイズの目の前に何か光の弾のようなものが飛んできた。 地面へ着弾すると、土埃を高らかに舞い上げ、魔法を唱えようとしたルイズの手を止めた。 「……………………へ?」 一瞬の出来事にルイズの体が固まる。 目の前で何が起きたのか理解出来ない。 散漫していた瞳を海東へ移すと、海東はこちらに背を向けながら何かをルイズの方へ向けていた。 それは鉄砲のようにも見えたが、あんな鉄砲はこの世界には存在しない。 「やれやれ、とんだ邪魔が入ったね」 海東はそう言うと、ルイズの方へゆっくりと振り返った。 そして、その鉄砲のようなものをルイズへ向けた。 「え?え?な、何?」 ルイズは目の前の出来事に、頭が真っ白になる。 「僕は自分が邪魔されるのはあまり好きじゃないんだ」 海東は表情を変えずにそう言い放つと、引き金に指をかける。 「ちょ、ちょっとお待ちください!」 ロングビルは慌てて海東を制止する。 彼女にとって、魔法の使えないゼロのルイズなどどうでもよかったが、 仮にも学院長の秘書である立場の自分が彼女を見捨てるのはあまりに不自然であった。 「彼女はミス・ヴァリエール。ヴァリエール公爵家の三女です。 それを傷付けた、或いは殺したなどあったら政治的問題になります!」 「関係ないね。興味もない」 海東は冷たくそう言い放つ。 そんな海東を見て、ロングビルは戦慄した。 (何て奴だい……) ロングビルは海東の視線の先を見つめる。 (本当に興味が無いんだねえ…。まるでそこに何もいないみたいじゃないか) そこには怒りなのか恐怖なのか、わなわなと震えるルイズがいたが、 海東の目にちゃんと彼女が映っているかは甚だ疑問であった。 「ま、いっか。お宝に障害はつきものだしね」 海東は感情のこもってない笑顔を浮かべると、ルイズに向けていたそれを下ろす。 と、同時にルイズはその場にへたり込んだ。 どうやら腰が抜けたようである。 「じゃあ僕はこれで失礼させて頂くよ」 そう言うと、素早く海東はその場から立ち去った。 「あ……。ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」 ルイズは追いかけようとするが、足が動かない。 再び自分の元から去っていく海東の背中をただ見つめることしか出来なかった。 「…………!!」 ルイズは声にならない声を上げて地面を叩いた。 使い魔に対して恐怖を抱いたことへの屈辱、そして二度も使い魔に逃げられたことの悲しみ。 様々なものがない交ぜになり、自然と涙がこぼれている。 そんなルイズを気にも止めず、ロングビルは怪盗『土くれのフーケ』として海東の背中を見送った。 (あの身のこなし……あいつがただ者で無いのは確かだねえ。 それに、あのヴァリエールの嬢ちゃんが現れた時……。 背中に目でも付いてるかのような動きだった。……敵には回したくないねえ …………さて!) ごくり、と唾を飲み込むと、今度はミス・ロングビルとして泣き崩れるルイズの元へと向かった。 「……また、印が輝いてる」 海東は森の中で身を隠しながら、発光する自身の左手を見つめた。 (今のところ害は無いみたいだけど……このままにしておくわけにもいかない……か) この印は何なのか、また自身の体に何が起きてるのか。 知らないということがいかに危険なことだということを海東はよく知っている。 今後の為にも、この印のことを知っておく必要を海東は感じた。 その時、海東の脳裏にルイズの顔が浮かぶ。 (全てはあの子から……か) やれやれ、といった感じで海東を首を振る。 「……仕方ないね」 そう呟くと、海東は森の中へと消えていった。 ルイズはどうやって学院内へ戻ってきたのか覚えていなかった。 気付いた時には、コルベールの使い魔の捜索についての話が終わっていた。 当然、コルベールの話など1ミリも覚えていない。 半ば茫然自失のまま、ふらふらとした足付きで自室へ戻る。 (はははは……。もう、何が何やら……) 取り敢えず寝よう。 寝て起きたら、きっと悪い夢も覚めるだろう。 ルイズはもう他に何も考えたく無かった。 力無く自室の扉を開く。 「やあ」 「えっ?」 誰もいない筈の部屋から声がする。 ルイズは急いで中へ入る。 すると、 そこには飄々とした顔でベッドに腰掛ける男がいた。 その男はルイズが呼び出したあの使い魔、海東大樹であった。 前ページ次ページゼロの怪盗
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ルイズは夢を見ていた、子供の頃の夢を。 あの頃自分は優秀な姉と比べられ、いつも叱られていた。 「ルイズ、ルイズ、どこに行ったの? ルイズ! まだお説教は終わっていませんよ!」 この日も魔法の成績が悪いと母親に叱られていたのだ。 「ルイズお嬢様は難儀だねえ」 「まったくだ、上の2人のお嬢様は魔法があんなにおできになるというのに」 召使の陰口に歯噛みしながら、ルイズはいつもの場所に向った。 彼女が秘密の場所と呼んでいる中庭の池、そこに浮かぶ小さな池。 ここにはめったに人がくることも無く幼い頃のルイズは落ち込むといつもここへ来ていた。 そしていつものように船に乗り、毛布をかぶった。 「泣いているのかい、ルイズ」 声をかけてきたのはルイズより歳が10歳ぐらい上の子爵だ。 最近近所の領地を相続したその貴族はルイズにとって憧れの君だった。 「子爵様、いらしてたの?」 「今日は君のお父上に呼ばれたのさ。あの話のことでね」 「まあ!」 それを聞いてルイズは頬を赤く染めうつむく。 「いけない人ですわ。子爵さまは……」 「ルイズ。ぼくの小さなルイズ。きみはぼくのことが嫌いかい?」 おどけた調子で言う子爵の言葉にルイズは首を振る。 「いえ、そんなことはありませんわ。でも……わたし、まだ小さいし、よくわかりませんわ」 そんなルイズに子爵はにこりと笑い手を差し伸べる。 「子爵様・・・」 「ミ・レィディ。手を貸してあげよう。ほら、つかまって。もうじき晩餐会が始まるよ」 「でも・・・」 「また怒られたんだね? 安心しなさい。ぼくからお父上にとりなしてあげよう」 ルイズはその子爵の手を握る。 「くくく・・・」 突然子爵が笑い出した。 「子爵様?」 「ぶひゃひゃひゃ・・」 とても貴族とは思えない下品な笑いにルイズは困惑する。 子爵は帽子をばっとはずす、帽子は風で飛んでいった。 その下の髪は子爵の持つ綺麗なストレートの髪ではなくモジャモジャの天然パーマだった。 そう、子爵だと思った人物はルイズの使い魔、坂田銀時だった。 ルイズの姿もいつの間にか16歳に戻っている。 「なんであんたが・・・」 「ひー腹いてー・・よう、じゃじゃ馬娘、おめえの憧れの子爵様のちょっとまねやったら 簡単に引っかかるんだもんなー、何が『いけない人ですわ。子爵さまは……』だよ。 普段そんな言葉一言使わねえくせに癖に笑わせてくれるな」 銀時は腹を抱えて笑いすぎて涙目になっている。 「ギントキのくせに・・使い魔のくせに・・・」 ルイズは顔を赤くしながら怒る。 「ぷぷ・・そんなこといってほんとはわかってるんだぜ」 憧れの子爵の格好をした銀時はニタリと余裕たっぷりの笑みを見せる。 「何よ?」 「ルイズ、おめえはこの銀さんに惚れてんだろ」 「ば・・ばかじゃないの! 何ちょっと一緒に踊ったからって、調子に乗らないで! あんたのことなんか大嫌い!!」 「そうかい、そうかい、そいつは良かった」 「え?」 銀時の意外な言葉にルイズはさらに困惑する。 「ガキなんざ最初から興味ねえし、惚れられてもうぜえだけだし 元々居たくてこんなところに居るわけじゃねえし」 「ちょっと・・・」 ルイズは何か言おうとするが言葉が出てこない。 もしここで反論したら惚れていることを認めてしまうようなものだ。 「じゃあな、ルイズ、俺は神楽のところに帰るわ」 「ちょっと待ちなさいよ、あんたは私の使い魔なのよ、勝手に帰るのは駄目」 「別にいいだろう、嫌いな男となんか一緒にいたくねえだろうし、じゃあなルイズ」 そう言って銀時は船から高くジャンプしそのまま消えてしまった。 ルイズは一人船に取り残される。 船はいつの間にか池の中央まで来ていた、魔法が使えないルイズはここから出られなくなってしまった。 「ギントキ、待ちなさいよ、勝手に帰るなー!!せめて船元の場所に戻しなさい」 ルイズの叫びに答える者は誰も無く、池の中に消えていくだけだった。 「うぃー、今けーったぞ、銀さんのお帰りだぞ、ひっく」 銀時は酔っ払いながらルイズの部屋のドアを開けた。 今日はマルトーと飲んで帰ってきた。 かなり遅い時間のためルイズはベッドに寝ている。 「何だ、寝てんのか」 「うわ、お前酔っ払ってんな、相棒」 部屋の隅に置かれたデルフは呆れたように銀時を見た。 「いいじゃねえか、マダケン、っと」 銀時はフラフラしながら部屋の中に入る。 「おい、相棒そこは・・」 銀時はルイズのベッドに倒れこんだ。 銀時は酔っ払って家に帰ったとき、ソファーにそのまま寝る癖があり、 その癖がそのまま残ってルイズのベッドに潜り込んでしまったのだ。 そのままいびきをかきながら銀時は眠ってしまった。 「ん~、ギントキ、待ちなさい・・」 眠っていたルイズは目を覚ました。 「何だ夢か・・そうよね、使い魔が主人をおいて勝手に帰るなんて・・」 ルイズはほっとしたように横に寝返りをうつ。 ルイズの顔には何か白くてモジャモジャしたものが当たった。 ―なにこれ・・ ルイズはそれを良く見る。 それは人の髪の毛のような物だった。っていうか髪の毛だ。 そして自分の目に銀時の寝顔のドアップがうつる。 銀時は自分のすぐそばで寝ているのだ。 「きゃああああ!!ああああんたなんでここにいるのよ」 「んだよ、うっせえな、人が気持ちよく寝てんのに・・ん、ルイズ、お前夜這いか?」 ルイズの悲鳴を聞いてそれまで寝ていた銀時は目を覚ます。 「夜這いはあんたでしょうがぁぁぁ!!」 ルイズは銀時の股間を思いっきり蹴飛ばす。 「ぐおおおぉぉ!! 何しやがるこのブス!!もう一人のデリケートな俺が今大変なことになってんぞ。 パー子か、俺をパー子にする気か!!」 「ブスですって!!ゼロといわれてもブスって言われたことは無いのに」 ルイズの怒りが最早違う方向に向っている。 「うっせえブス」 「このー!!」 ルイズは銀時の首にギロチンチョークをかける。 「うおおお、ちょっとぉぉ!!俺の首と胴体が離婚寸前なんだけど、ふざけんな、俺はまだ別れねえぞ」 こうしてルイズの部屋では深夜のプロレス大会もしくはSMプレイが始まった。 その頃フーケが囚われているチェルノボーグの監獄 「ぐっ、まだ顔がひりひりする、あの使い魔、人の顔面思いっきり叩きやがって」 牢屋の中ではフーケが悪態をついていた。 銀時もさすがに加減はしたが、それでもフーケにとっては死ぬほど痛かった。 痕に残らなかったのは奇跡といってもいいだろう。 フーケは悔しかった。 あの使い魔の徹底的に人を馬鹿にした態度が、その上普段はちゃらんぽらんである。 そんな使い魔に自分は捕まったのだ。 フーケは銀時とは喋ったことは無いが何度か見たことはある。 ちゃらんぽらんなくせに学院で働く平民からは妙に人気があった。 最初はギーシュを倒したからだと思ったがどうもそれだけではないようだ。 人当たりがいい風にも見えない。 実際顔は好みだった。 あの天パと死んだ魚の目を除けば結構見れる顔だ。 キュルケが自分の素性を聞いてきたとき、庇うような事をいってくれたのは 正直嬉しかった。 ―って何考えてるんだ私は。 フーケは今思ったことを振り払った。 「くっ、もしここから出られるならあの男をギャフンと言わせてみたいね」 フーケはうなだれながらそんなことを口にした。 そんなことは不可能なのはわかっている。 杖を没収されている上、裁判にかけられたらよくて島流し、悪くて縛り首だ。 誰かが近づいてくる音が聞こえる。 見回りの看守の足音にしては妙だ。 来たのは白い仮面をかぶった貴族の男だった。 「お前の願い叶えてもよいぞ」 「聞いてたのかい、趣味が悪いね」 男は自分を脱獄させてやるといってきた。 話を聞く限り、今アルビオンでクーデターを起こした貴族派の一味らしい。 自分たちの仲間になれというのだ。 フーケにとっては断る理由が無かった。 正直あまり乗り気ではないが断ったらどの道殺されるか、縛り首だろう。 「これから旗を振る組織の名前ぐらいは、教えてもらってもいいんじゃないかい」 フーケの問いに白仮面の男は鍵を開けながら答えた。 「レコン・キスタ」
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前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔 「諸君。決闘だ!」 ギーシュが高らかに宣言する。 周りの野次馬たちから喚声が上がる。 ギーシュは野次馬の喚声に応え手を振る。 ギーシュはここに至り多少の冷静さを取り戻し、そして開き直った。決闘であれば問題ない、と。 決闘自体は問題だ。本来禁止されている。おそらくこの騒ぎが終われば、学院から幾日かの謹慎なり、何か処罰が言い渡されるだろう。 だがそれはルイズにも言えることだ。 決闘であれば、決闘をした両者が悪い。 もしルイズを香水のビンを拾ったことで責めていたなら、明らかにギーシュ一人に非がある。 だからと言ってルイズにメイドを連れて行かせたら、ふられた上にルイズにやり込められるという恥の上塗り。 それに比べれば決闘という形で両者が処罰を受ける痛み分けの形は随分ましだ。 そして、決闘の中身でルイズに二度と生意気な口を聞けぬようにしてやれば良い。 「二人のレディーと、そして僕自身の誇りのために僕は闘う!」 ギーシュは薔薇を模った杖をルイズに向ける。 「『二人のレディーのため』はやめろと言ったでしょう。あんたは二股がばれた腹いせに決闘するのよ」 ルイズはギーシュに睨み返す。 「早く始めるぞ、ゼロのルイズ。もたもたしていると次の授業に間に合わなくなるからな。いくら授業に出ても魔法の使えるようにならない君には関係ないのだろうがね」 ギーシュは鼻息荒く侮蔑の言葉を返す。 「シエスタ。下がってなさい」 ルイズの言葉に従い、シエスタはルイズから離れる。相変わらずその目には不安がありありと見える。 それを確認したルイズはギーシュのほうへと一歩踏み出す。 「ふん! 覚悟はできているようだな」 ギーシュが薔薇の杖を振る。すると一枚、花弁がはらりと落ちる。 地面に花弁が落ちた瞬間、そこに一体のゴーレムが現れた。 鎧に身を包んだ女騎士のような姿。 大きさこそ平凡だが、所々に細工の入ったワルキューレの造型の見事さに、周囲から静かな歓声が上がる。 「これが僕のワルキューレさ」 ギーシュが得意げに言う。 「魔法の使えない君には一体で十分だろう。一体だけでも手も足も出ないだろうからね」 一体で十分。 この決闘の狙いはルイズを痛めつけることではない。もし取り返しのつかない怪我でもさせてしまったなら、謹慎では済まないだろう。 それは避けなければならない。 この決闘はルイズに実力差というものを見せつければいい。上下関係をはっきりさせてやればいい。 だからこそワルキューレは一体しか出さない。余裕で勝利して見せることこそが重要。 「何よ! 全力できなさいよ!」 ルイズはギーシュに食って掛かる。 「ひょっとして負けたときの言い訳? 『全力出してたら勝てました』とか後で言われても面倒だし、最初っから出せるだけ出してくれない?」 「ハッ! 笑わせるな、ルイズ。ゼロを相手に本気を出せるわけないだろ。……そうだな、君が万が一にも僕のワルキューレを一体でも倒せたなら本気で闘ってあげよう」 ギーシュは髪をかきあげ、余裕綽々といったポーズを作る。 あくまでもどちらが上かを思い知らせるための闘い。できる限り余裕の姿勢は崩さない。 そんなギーシュを見て、ルイズは内心で安堵の息をつく。 ギーシュへの挑発は賭け。だが、賭けは成功した。しかも理想の形で。 ワルキューレを複数出されては勝ち目は薄い。だが、一体しか出してないからといってそれを好機と闘っても、いつさらなるワルキューレを作るかわかったものではない。 だが、挑発によってギーシュから「ワルキューレを一体倒したなら本気を出す」という言質を取った。 体面ばかりを気にするギーシュが野次馬の前でそう宣言してしまった。ならば、そう簡単に言葉を覆すことはできない。 ギーシュは今出しているワルキューレが倒されるまで本気を出せない。 状況が差し迫ればそんな宣言を覆して新しいワルキューレを作るだろう。だが、どんなに差し迫った状況になろうとも、ワルキューレを作るのに一瞬の躊躇があるはずだ。 それで十分。 それで勝てる。 「さて、お喋りもお終いだ。さっさとかかって来たまえ」 ギーシュが言うと、ワルキューレがギーシュとルイズのちょうど中間あたりに立ち、構える。 先手は譲ってやる、ということだろう。 だが、ルイズは杖を構えることなく、再び口を開いた。 「その前にギーシュ。この決闘。勝ち負け決めて、それでお終いじゃつまらないわ。なにか、賭けましょう」 「賭け?」 ギーシュが訝しげな表情を浮かべる。 「そう。賭けよ。あぁ、『誇りを賭けて』なんてのはよしてよ。二股がばれて八つ当たりするようなあなたの誇りと私の誇りとじゃ価値が違いすぎるもの」 ギリ、とギーシュの歯が鳴るが、それは野次馬たちの耳には届かない。 安い挑発に乗る気はないが、二股云々言われるのだけは堪える。野次馬たちも二股という単語に反応してぎゃぁぎゃぁと喚く。もうこの決闘がどういう形に終わろうと、暫くは二股ネタでからかわれるのだろう。 忌々しい。 ルイズのせいで散々恥をかかされた。ならば、この決闘でルイズを完膚なきまでに虚仮にしてやろう。 「そうだな、ルイズ。僕が勝ったら……まぁ、僕の勝ち以外ありえないが、今後授業で魔法使わないでくれ。この間の錬金のように授業を潰されたら堪らないからね。 先生から魔法を使うように指示されたら『私が魔法使っても爆発して授業に迷惑をかけるので他の人を指名してください』と言うんだ」 ギーシュの言葉に野次馬が沸く。 同級生たちは少なからずルイズの魔法に迷惑している。 「そいつはいい! ギーシュ、とっととルイズを倒してしまえ!」 「これでルイズに授業を妨害されなくて済む。魔法の修行もはかどるってものだ!」 マリコルヌら、普段からルイズをゼロと揶揄するものたちはここぞとばかりにギーシュに便乗して騒ぎ立てる。 ギーシュはギャラリーの反応に気を良くし、得意げな笑みを浮かべている。 「私が勝ったら……」 ルイズはギーシュを睨みつける。 「私が勝ったらシエスタに謝りなさいよ」 ルイズは言った。 「シエスタ?」 ギーシュはその言葉の意味がしばらく理解できなかった。 それは周囲の野次馬たちも同じだった。「シエスタ」という単語が何を意味するのか理解できない。野次馬たちがざわつく。 しかし、そのざわつきも少しずつ収まっていく。その単語の意味を理解したものから口を閉ざし、その「シエスタ」に視線をやる。 騒々しかったヴェストリの広場に一瞬の沈黙が流れ、全ての視線が一箇所に集まる。 「は、ははっ……。成程な……」 沈黙を破ったのはギーシュだった。 「平民に頭を下げろとはね……。成程成程……。君はよっぽど僕を侮辱したいらしいな」 貴族が平民に頭を下げるなど有り得ない。貴族が上で平民は下。この関係は絶対である。 この場にいる生徒たち。その中に平民に頭を下げたことがあるものはいないだろう。そしてこれからもそうやって生きていくのだろう。 だから彼らは、ルイズの真意はギーシュに恥辱を与えることにあると、そう認識した。 シエスタに視線が集まりはしたが、誰もシエスタを見てはいない。ルイズがギーシュを辱めるための『だし』としての存在。そのように見ていた。 誰も、単純にして明快なルイズの真意を理解していなかった。 「ふん! なんとしてでも僕を侮辱したいようだが、どうせ僕の勝ち以外有り得ないからな。どんな条件だろうとかまいはしないさ」 ギーシュが見得を切る。 ルイズが突然口を出してきたところから、理解の及ばぬことばかりだった。平民に頭を下げるなどという最大級の恥辱。なぜそこまで突っ掛ってくるのか理解できない。 だが、この決闘で勝てばそれで済む話だ。 理解できないものを理解する必要などない。所詮はゼロ。端から理解の外にいる存在なのだ。 「では、いざ尋常に勝負といこうか。相手が負けを認めるか、相手の杖を落としたら勝負有り、でいいかな?」 「……勝負なんてシンプルなほうがいいわ。相手が負けを認めたら、だけにしましょう」 「オーケイ。ならそれでいい。ではもう覚悟はできてるかい?」 「ええ。準備はできてるわ」 そんな言葉を交わして、決闘の幕は上がった。 だが、両者動かない。睨み合いが続いている。野次馬たちは、いつ動くのかと固唾をのんで見守っている。 「動かないわね」 キュルケが小声で呟いた。 「……おそらく既に動いている」 タバサがさらに小さな声で言う。 その言葉の意味を理解できず首を傾げるキュルケ。 タバサだけが感じ取っていた。実践を積むことでしか身につかない感覚でもって。 ルイズはもう動いている。 ルイズが何をしているのかは解らない。だが、何かしているのは間違いない。 事態は既に動いている。決着へ向けて。 ギーシュは焦れていた。 先程交わした会話は、間違いなく決闘の開始を合図するものだった。 それなのにルイズが動かない。 端からルイズに先手を譲るつもりであった。 ルイズを派手に痛めつけるわけにはいかない以上、如何に実力差を見せ付けるかこそが肝要なのだ。そして勝負は格下から動くものだ。 だからルイズが杖を向けルーンを唱えようとしてからワルキューレを動かす。そしてルイズから杖を奪い、地面に押さえつける。痛めつけられない分、ルイズには土でも食わせてやろう。 だが、ルイズが動かない。 ならばそんな筋書きに拘らず、とっととワルキューレを動かしてしまおうか。 いや、それもできない。 野次馬たちは、今の状況を緊迫した睨み合いとでも思っているのかもしれないが、ギーシュはただ待たされているだけなのだ。動きようのない状況で待たされている。 ルイズは杖を向けるどころか杖を構えてもいない。それどころか、その手にはまだ何も握られていないのだ。 流石に杖を持ってもいない相手に攻撃を仕掛けることはできない。それでは卑怯者の謗りを受けかねない。 (早く杖を構えろ。それとも臆したか) そんなギーシュの思いとは裏腹に、ルイズは相変わらず杖を持とうとすらしない。 やはり臆したのか。 覚悟ができたなどとは口だけだったか。 (ん? ルイズの奴、何と言っていた? 『覚悟はできたか』と聞かれて、何と答えた? 『準備はできていてる』と答えなかったか?) ギーシュはふと先程のルイズの言葉を思い出す。 『準備』。闘う為の準備なら、まず杖を持たねば始まらないだろう。 魔法の使えぬルイズが肉弾戦を仕掛けてくる可能性も考えられる。そうだとしても、武器も持たず構えもせず、何の準備をしたというのだ? なんだか…… 足がむずむずしてきた。 「!?」 ギーシュの右脚に突然激痛が走る。 「な、なんだ!?」 突然そんなことを言い出したギーシュに、野次馬たちの注目が集まる。 ギーシュは杖をルイズに向け牽制したまま、己の脚へと注意をやる。 痛い。 痒い。痛い。 熱い。 「な、なんなんだ!?」 ついにギーシュは堪えきれず、ズボンを捲り上げる。 するとそこにはどくどくと流れる血で赤く染まった右脚があった。そしてその赤の中に点在する黒い点。 ギーシュは己の目を疑った。 そこにいたのは己の小指ほどもあろうかという巨大な蟻。 その蟻が2匹、3、いや4匹。ギーシュの右脚に食いついていた。 「うわあぁぁああああ!?」 ギーシュが叫ぶ。叫びながら己の脚をバシバシと叩く。 ギーシュの赤く染まった脚に気づいた野次馬たちも騒然となる。 「なんだこれ!? なんなんだこれぇ!?」 ギーシュは血で染まった己の脚、そして見たこともないような巨大な蟻に混乱していた。 蟻が全て潰されても、己の脚から目が離せない。答えるものなどいないのに「なんだなんだ」と問い続ける。 しかし混乱はいきなり現実に引き戻される。 突如爆発音がしたのだ。 爆発、即ちルイズ。 ギーシュは己がルイズのことをすっかり忘れて取り乱していたのだということに気づく。己の脚に向けていた視線を上げる。 ギーシュの視界にまず映ったのは、爆発四散するワルキューレ。 (ルイズにやられた? なら……) ギーシュは己の手を見る。その手には薔薇を模した杖が握られている。 杖が握られている。それを目で確認するまで己が杖を握ってるのかどうかすら判らなくなっていた。 (杖はある。ワルキューレを……) 作らなければ。 そんなギーシュの思考はすぐに潰える。 ギーシュの視界にルイズがあらわれたのだ。 ルイズは走っていた。ものすごい勢いでギーシュの元へ。 (ルイズの前にワルキューレを……) (立ち塞がなければ……) ギーシュは急いで杖を構える。 (間に合うのか!?) 間に合わない。 ルイズとギーシュが激突した。 前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔
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前ページ次ページZero ed una bambola ゼロと人形 「アンジェ、あのステアー何とかっていう鉄砲あったでしょ? あれだして」 ルイズは部屋に戻るなりアンジェリカに向かってそう言った。 「ルイズさん、弾がありませんよ?」 ステアーAUGの入ったヴィオラのケースを出しながらアンジェリカはそう言う。 「弾ならこの間買ってきたじゃない。ほら、デルフリンガーだっけ? あれと一緒に買ったわよ」 ルイズはアンジェリカに以前武器屋で購入した弾と火薬を手渡した。だがアンジェリカはそれを見て首を傾げる。 「これは使えませんよ?」 アンジェリカはルイズに弾と火薬を突き返した。 「え? でも鉄砲の弾ってこれじゃないの?」 ではどのような弾が必要かとルイズはアンジェリカに尋ねる。 「薬莢に入ってるやつです。ルイズさん、知らないのですか?」 「薬莢?」 ルイズはアンジェリカの言っている単語の意味が理解できないでいた。 「ねえ、どんなのがいいの? 見せて頂戴」 ルイズの問いにアンジェリカは困ったような顔を見せる。それもその筈、AUGの弾は全て撃ちつくし、薬莢もすべて捨ててしまったからだ。 どうしよかとしばらく悩むアンジェリカ。だが彼女はあることを思い出した。 「ルイズさん。M16はありますか?」 ルイズはアンジェリカに言われるままにM16を手渡す。 M16を受け取ったアンジェリカはマガジンを取り外すと弾を一発取り出しルイズに渡した。 「AUGの弾はこんな感じです」 ルイズは物珍しくそれを繁々と眺めた。 「アンジェ、これを使えばいいじゃないの?」 オスマンもこの鉄砲……M16を使っていいといっていたことを思い出し、ルイズはさも当然のごとくそう言ったのだ。 「ルイズさん、規格がちょっと違うので……使えないこともないと思いますけど、暴発したりジャムったりするかもしれません」 アンジェリカの言ってることがよく分からないルイズ。 「ジャムとか何か知らないけど使えないならそれを使えばいいじゃない」 M16を指差すルイズだが何やらアンジェリカの顔が浮かないようだ。 どうしたのかと声をかけようとしたがドアをノックする音に遮られる。 「ルイズ、そろそろ行きましょう」 キュルケがドアの外から呼んでいる。 「アンジェ、いいからそれ持って行きましょう」 ルイズはアンジェリカの手を引いてドアを開いた。 「ルイズさん、何処に行くのですか?」 アンジェリカの問いを聞いたキュルケは少し呆れる。 「ルイズ、説明してなかったの?」 ルイズはムッとしながらもアンジェリカにフーケの捜索に行くと伝えた。 Zero ed una bambola ゼロと人形 ロングビルは馬車の前でルイズたちを待っていた。しばらく待っていると彼女達の姿が見えてきたが一人見知らぬ女の子を連れているのが目に付いた。 「ミス・ヴァリエール。その子は?」 わからなければ本人に聞いてみるのがいいとロングビルはルイズに尋ねる。 「この子は私の使い魔のアンジェリカです。アンジェ、挨拶なさい」 ルイズに言われてアンジェリカは小さく頭を下げた。 「始めまして。アンジェリカです」 使い魔というルイズの言葉に少し驚きはしたが、すぐにアンジェリカが噂になっていた平民の使い魔だと思い出した。 「ええ始めまして。わたくしはロングビルです。この学院長の秘書をしています」 ロングビルは頬を少し緩めアンジェリカの頭を優しくなでた。 「そろそろ行きません?」 キュルケがルイズたちを急かす。 「そうですね。ところでミス・ヴァリエール。まさかこの子を連れて行くつもりですか?」 馬車に乗り込もうとしていたルイズは答える。 「もちろんそのつもりですけど…どうかしましたか?」 ルイズの返答にロングビルは眉をひそめる。 「相手はあのフーケですよ? 危険な任務に連れて行くなんて…」 ロングビルはアンジェリカを置いていくことを薦めた。 「大丈夫ですよ。それに何かあってもオールド・オスマンが貸してくれた鉄砲がありますし…」 そういってルイズはM16を掲げた。それを見たロングビルは息を呑む。何せ彼女が盗もうとして盗めなかったものの一つだったからだ。 「では仕方がありませんね。なるべく危険が及ばないように努力しましょう」 内心しめたものと思いながらアンジェリカの同行を許可したロングビル。三人が馬車に乗り込んだのを確認してから馬車の手綱を取った。 目的地までの道中ルイズたちはロングビルを含め雑談に興じる。 しかしアンジェリカは始終黙っていたままだった。 ルイズはそんなアンジェリカの様子にようやく気付いた。 「アンジェ、調子悪いの?」 ルイズはアンジェリカの顔を覗き込む。 「いえ…大丈夫です」 いつもと変わらない調子で言葉を返した。 「ミス・ロングビル。後どれくらいで着きますか?」 ロングビルは前を向いたままルイズに答える。 「もうすぐです」 馬車は鬱蒼とした森に入って行く。辺りは昼間だというのに薄暗く気味が悪い。 唐突にロングビルは馬車を止めた。 「あら? 目的地はまだでしょ」 キュルケはロングビルに聞く。 「ええ。ここからもう少し行った先に廃屋があります。ここからは徒歩で行きましょう」 一向は少し先にある廃屋を目指して歩いて行く。三人は先に廃屋を目視できるところに着いたのだがアンジェリカが少し遅れている。 「アンジェリカさん、大丈夫ですか?」 少しふらつきながらも追いついたアンジェリカだったが顔色が悪い。 「アンジェちゃん大丈夫? 馬車に酔ったのかしらね」 キュルケはアンジェリカを木の根元に座らせる。 「ミス・ロングビル。あの廃屋にフーケがいるのですか?」 ルイズはアンジェリカに構うことなくロングビルに情報を再確認する。 「ええ、あの廃屋に逃げ込んだということです」 ロングビルの言葉を聞いたルイズは手に持つ杖に力が入る。 「あの廃屋に行ってフーケを捕まえてきます」 ルイズはそう言葉を残すと廃屋へ走っていった。 「ちょっとルイズ! 待ちなさい! あ、ミス・ロングビル、アンジェちゃんを頼みますわ」 キュルケもルイズを追って行き、その場にアンジェリカとロングビルが取り残された。 本来ならロングビルはルイズたちを追うべきなのだが彼女の正体は土くれのフーケ。願ってもいないチャンスだった。ロングビル、いや土くれのフーケは笑みを浮かべる。 「アンジェリカさん。その鉄砲…M16だったかしら? 見せてもらえない?」 フーケは本心を悟られぬよう笑顔をアンジェリカに向ける。 そしてアンジェリカはそれを虚ろな目で見詰めた。 Episodio 24 Alle profondita della foresta… 森の奥へ… Intermissione 学院長室ではオスマンとコルベールが一人の生徒を待っていた。 コンコンというノックの音と共にタバサが部屋に入ってくる。 「おお、待っておったぞ。君に頼みがあるのじゃがいいかね?」 オスマンの問いにタバサは小さく口を開く。 「内容次第」 オスマンは話を続ける。 「先ほど土くれのフーケ捜索隊が出発した。メンバーは誰か知っておるかね?」 タバサは首を横に振る。 「メンバーはミス・ヴァリエールとその使い魔。そしてミス・ツエルプストーじゃ。ミス・ロングビルも一緒に行っておる」 名前を聞いたタバサの表情が険しくなる。 「それでじゃな、君の使い魔に乗って上空から彼女達を見守っていて欲しいんじゃ」 タバサには当然のことながら疑問に思う。 「何故?」 タバサの問いにはコルベールが答える。 「すまないが理由は教えられない」 タバサの顔がさらに険しくなった。 「もし彼女達が危なくなったら助けて欲しい」 理由もいわず虫のよい話だとコルベールは思う。 「わかった」 だがタバサはこの話を受け入れ部屋を後にしようとするのだ。オスマンはタバサの背中に向かって声をかける。 「スマンのう。報酬についてだが…」 「いらない」 オスマンの言葉を遮りタバサは言葉を吐き捨て、乱暴に扉を開けて部屋を出て行った。 「彼女には面倒をかけるのぅ」 「ええ、彼女の母親が大変なのに…」 オスマンとコルベールは呟いた。 「わしら大人は無力なものじゃな…」 前ページ次ページZero ed una bambola ゼロと人形
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前ページ次ページGIFT Gift[ギフト] 英語……贈り物の意味。 独語……毒の意味。 ある文学者は言った。 〝人間は生まれながらにして孤独なのだ〟 おそらくこの日は自分という人間にとって人生最悪の日だろう。 そう、ルイズは思った。 より正確に、そして客観的な視点に立つならば、これからの人生がより最悪なものになる、そのスタート地点。 自分の意思に関わりなく、その最低にして最悪な場所に、ルイズは立っている。 運命によって、否応なしに立たされているのだ。 まわりがやかましい。 ざわざわと、非常に耳ざわりだ。 しかし、みんなが何を言っているのかはわからない。 そもそも、こいつらは何故へらへら笑っているのだろう。 耳はいつもと変わらず、極めて正常に機能しているけれども、心が理解することを拒否している。 でも、そんな誤魔化しはいつまでも通用しない。 ああ、そうだ。 わかっている。理解しているわよ! ルイズは震える体を押さえこみながら、召喚したばかりの『使い魔』を凝視した。 ドラゴンやグリフィンではない。 ネズミでも、虫でもない。 そして、もちろん人間なんかではなかった。 それどころか、生き物ですらない。 簡単に説明するなら、それはあちこち焼け焦げた真っ黒なボロクズだった。 見たところハンカチ一枚分もない、小さな布切れのようなもの。 何かの服か、それともマントの一部だったのだろうか? それはわからないが、何であろうとこの使い魔を表わす言葉は、たった一言ですむ。 ゴミだ。 これが、自分の使い魔か。 ルイズはショックで呼吸することさえ忘れかけた。 ゼロのルイズ。 魔法の使えない自分に冠せられた嘲笑の言葉。 貴族に相応しからぬ者への侮蔑。 メイジではないメイジ。 そんな紛い物が、呼び出した使い魔は――ゴミクズ。 吐き気を伴った恐怖が、ルイズの脳髄を走り抜けた。 今日からはゼロではなく、マイナス。 ゴミのルイズか。 いやだ! ルイズは必死になって現状を否定した。 「ミスタ・コルベール! もう一度、召喚をさせてください!」 げらげらと笑い続ける周囲にかまわず、ルイズは教師のコルベールに食ってかかった。 こんなことがあっていいわけがない。こんなひどいことが認められていいわけがない。 けれど、現実はどこまでも非情で無慈悲だった。 「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」 いくらかの時間をおいた後、頭の寂しい教師は厳格な声でそう言った。 「ルールはルールだ」 「使い魔召喚の儀式は神聖なものだ」 「好き嫌いでどうこうできる問題ではない」 そんな埒もない建前を並べ立てた後、 「召喚をした以上、それが君の使い魔だ」 草むらに転がるちっぽけなボロクズを指して、禿げ頭の教師はそう宣言した。 その途端、どっと周囲が沸いた。 「さすがはゼロのルイズね!」 「ゴミクズを使い魔にしたメイジなんて、史上初だ! 最大の快挙だよ!」 「まあ、ゼロにはぴったりの使い魔だよな」 「こりゃ他の誰にも真似はできないぜ!」 囃し立てる声に、いつもならば噛みついたであろうルイズも、この時は微動だにできなかった。 うつむき、屈辱に震えながら、黒いボロクズを拾い上げるのが精一杯だった。 手に取って見ると、屍を焼くような嫌な臭いがした。 その横で早くコントラクト・サーヴァントをしろ、とコルベールがうながす。 逡巡を繰り返した後、ルイズは完璧に暗記した呪文を唱え、ボロクズに口づけをした。 やがて、襤褸切れの黒い表面に、使い魔のルーンが浮かび上がる。 それを見つめるうちに、いつしかルイズの震えは止まっていた。 授業が次の段階に移行し、皆が『フライ』の呪文で飛び立って行く中、ルイズはボロクズを手に、のろのろと歩き出していた。 嘲り、罵倒するクラスメートの声に、ルイズはもはや何の反応も示すことはなかった。 少女の顔は死人のように真っ白になり、目はまるで廃人のようになっていた。 夜、二つの月が地上を照らす頃。 ルイズは生気の欠片も存在しない表情でベッドに身を投げ出していた。 枕のそばに、召喚した使い魔が、もの言わぬボロクズが投げ出されている。 これはきっと悪い夢だ。 ルイズはベッドに顔を埋めながら、自らに言い聞かせ続けていた。 きっと自分はまだベッドの中で眠りについているに違いない。 そして、使い魔召喚の儀式の時にはきっと、すごいとまではいかなくても、ちゃんとした使い魔を召喚できるに違いないのだ。 きっと、そうだ。 そうでなくては、ならない。 もしも、そうでないのなら、あまりにも理不尽ではないか。 どうして、自分がこんな屈辱を受けねばならないのか。 ルイズはいまや、自分が声もなく泣いていることさえ理解できてはいなかった。 いつしか、泣き疲れたルイズの意識は、現実と頭の中の境が曖昧になっていく。 部屋の主がかすかな寝息をたて始めた頃、投げ出されたボロクズがせわしなく蠢き始めたが、それを見る者はいなかった。 それはいつしか布切れからコールタールにも似たスライム状へと変化を遂げ、驚くようなスピードでベッドの上をすべり出す。 動くごとに、それに刻まれた使い魔のルーンがせわしなく輝く。 やがて、黒いスライムはルイズに接近すると下着の間からするりと侵入し、絹のような少女の肌を移動していった。 その奇妙な使い魔は、まるで安らげる寝所でも見つけたかのように、ルイズの背中に張りついた。 ぴくりとルイズの顔が動いたが、その寝息が乱れることはなかった。 夢の中で、ルイズは小さな部屋にいた。 それは見たことがあるようで、ないような部屋。 自分の暮らしている女子寮のようでもあり、実家にある自分の部屋のようでもある。 また小さい頃に訪ねたどこかのお屋敷のようでもあった。 その部屋の中に、ルイズの他に誰かがいる。 形はよくわからない。 そこにいるのはわかっているのだが、うまく姿が見えないのだ。 ただ、そいつの考えていることは何となくわかる。 そいつは、何かにひどくとまどっているようだった。 そしてひどく疲れ、傷つき、休養と栄養を必要としている。 でも、この生き物は何を食べるのだろう? ルイズは困ってしまう。 そして、その生き物自身も困っていた。 新しい環境に、そして自分に生じている本能とは違う感覚に。 これから新しい場所で生きて行くためには、今までと同じものだけではいけない。 もっと、違うものも食べなくては……。 疲労を覚えながら目を覚ました時、太陽はとっくに昇っていた。 眩暈に、軽い頭痛さえする。 何度も魔法の練習を行い、精神力をすっからかんにした翌日も、こんな感じだった。 だが、その時とは明らかに違うことがある。 ルイズはどちらかというと、寝起きが良くない。 起きても、しばらくはぼうっとしていることが多いのだ。 それにも関わらず、この朝は疲労感にも関わらず、頭の中が妙にクリアになっていた。 目も、耳も、鼻も、ひどい鋭敏になっているような気がする。 窓の外から聞こえる生徒や使用人たちの声や足音が、はっきりと聞こえる。 まるで自分の全身から無数の見えない糸が壁も天井もすり抜けて広がっているような錯覚を覚えた。 その見えない糸のいくつが、振動というか、気配をルイズに伝えてくる。 何か熱い火のようなものが二つ、すぐ近くで動いている。 そればかりではなく、その二つはルイズに向かって近づいてきている。 ――キュルケ? ルイズは唐突に、そのうちの一つが何者であるのかを理解した。 仇敵とも言えるあの不快で、淫蕩なゲルマニア女だ。 だが、もう一つは? ちくちくと、警戒信号が背中――脊髄を通して頭に送られてくる。 ルイズはとっさに、杖を手にとった。 その動作は恐ろしいほど俊敏なものだったが、ルイズ自身はそれを理解していなかった。 いつでも杖を振るえるように注意しながら、ルイズは気配のせまるドアを睨みつけた。 予測通りにキュルケが部屋に入ってきた。 ノックもせずに。 相変わらず無礼で嫌な女だ。 ルイズは内心舌打ちをしながら、じろりと赤毛の美女を睨んだ。 「おはよう、ルイズ」 キュルケは虫の好かない笑みを浮かべる。 しかし、ルイズにとって今はこんな女のことは二の次だった。 「後ろに何を隠してるの?」 キュルケはルイズの態度にかすかに驚きを見せたが、すぐさま笑みを浮かべる。 「別に隠しているわけじゃないわ。あなたに、私の使い魔を紹介しておこうと思ってね。フレイム~」 主人の呼びかけに応じ、巨大な火蜥蜴がのそりと姿を見せる。 なるほど、もう一つの気配はこいつだったのか、とルイズは納得した。 サラマンダー。図鑑などからの知識だけではあるが、よく知っている幻獣だ。 ルイズがじろりと視線を向けた途端、サラマンダーはびくりと、まるで脅えるように身を震わせた。 火属性。それを得意とするメイジ。そいつに従う炎を吐く幻獣。 また、ちくちくと危険を報せる信号がルイズの脳裡に響いた。 危険。敵。 ルイズのすぐ近くで、誰かがそう叫んだ気がした。 弱点。警戒。 ブランドものだと、使い魔の自慢を垂れ流すゲルマニア女を、ルイズは無言で部屋から押し出した。 押し出すというより、突き飛ばすとするべきかもしれない。 そんなに力はこめたつもりはないのに、キュルケは大げさによろけて廊下に尻餅をついた。 ふざけたな女だ、嫌味のつもりか。 不快の念をこめた一瞥をキュルケに向けた後、ルイズはさっさとドアを閉めた。 部屋の中で一人になった。 炎。弱点。 また、あの叫びが聞こえた気がした。 弱点。克服。必要。 強化。発展。進化。必要。 栄養。補給。必要。 ルイズはそれを振りきるように、頭を振った。 これは、誰の声だ? そう考えた時、ルイズの腹が盛大なコールを発信してきた。 早急に、エネルギーを補充せよと。 食堂で朝食をたっぷりとってから教室に向かうと、ひそひそとした囁き声と、くすくすという笑い声がルイズを迎えた。 あの憎たらしいキュルケは、相変わらず男子生徒をはべらせている。 ちょっとした女王様というところだ。 ちらりとルイズに視線を送ってくるが、その時は不思議と気にはならなかった。 発情期、雌猫に群がる雄猫だと思えばむしろ微笑ましくさえある。 くすくす笑う連中も、いつでも踏み潰せる虫けらの群れだと思えば、どうということはない。 よくは、わからないが――ルイズの胸の中に奇妙な自信が生まれ始めていていた。 それがどこからくるものかわからないのだけれど、全てが虚無に感じられた昨日のことが嘘のようだ。 やあ! と周囲に手を振ってしまいたいほどだ。 授業が始まると、中年女性教師シュヴルーズはまずニコニコとして教室を見まわす。 「春の使い魔召喚は大成功のようですね」 のん気に言っているシュヴルーズの姿は、あまり尊敬の感じられるものではなかった。 「中には、大失敗した者もいますけどね!」 そんなことを大声で言ったのは誰だったのか。 鋭敏になったルイズの聴覚は、すぐさまそれを捕らえ、無礼者を見つけ出した。 数人の生徒たちがげらげら笑いながらルイズを見ている。 「ゼロのルイズ、あの襤褸切れはどうしたんだ!? お前の使い魔だろ? ちゃんと持ってきてるのか!?」 ルイズはそれに対して黙っていた。 ――言われてみれば、あのボロはどうしたっけ? 昨日枕のそばに放り出したと思ったが、今朝は見た覚えがない。 あんなものが、勝手にどこかにいくわけはないし……。 沈思しかけたが、けたたましい嘲笑がすぐさま思考を断ち切らせた。 ちりちり、と背中が疼いたような気がした。 疼くと同時に、何かが……ルイズの頭の中で小さく爆ぜた。 それは、感情ではない。 記憶とか、知識とか言われるようなものだ。 不完全ではあるが、未知の記憶の断片がよどみなくルイズの頭に流れ込む。 その情報は、ルイズの中にごく自然に溶けこんでいき、彼女のその後の行動を決定させた。 ルイズは侮蔑してくる連中に、怒りだしはしなかった。 それどころか、にこりと極めて上品に笑いかけたのだ。 「すごいわね。立って歩いて服を着て、その上に人間の言葉をしゃべるなんて……。一体誰の使い魔かしら?」 よく響く声で、パーティーで洒脱な会話を楽しむ貴婦人のようにルイズは言った。 その言葉に、笑いは一瞬静まる。 「ゼロのルイズ! 何わけのわかんないこと言ってるんだ! とうとう頭にきたのか?」 笑っている男子の一人――マリコルヌがはやしたてる。 するとルイズは目をむいてマリコルヌを見る。 「まあ、なんて口のききかた? 誰が主人が知らないけれど、それが貴族に対する態度? 少しばかり利口だからって無礼な豚ね」 「ぶ、豚!?」 マリコルヌが顔を真っ赤にする。 笑い声が、微妙なものになった。 「いくら使い魔といっても、やっぱり獣は獣らしく扱うべきよねえ。ほら、さっさと豚小屋に戻りなさいな子豚ちゃん」 「ふざけるな、僕は風上のマリコルヌだ! 豚なんかじゃない!」 「マリコルヌ? ああ、あんた彼の使い魔なの? で、ご主人様はどうしたの? 今日は欠席?」 ルイズは笑う。 あくまでもマリコルヌを豚として扱うつもりらしい。 「おいおい、ゼロのルイズが余裕を見せてるじゃないか? しっかりしろよ、風上のマリコルヌ!」 他の生徒がからかいの声をあげる。 「うるさい!」 と、マリコルヌは癇癪を起こす。 「二人ともいいかげんにしなさい。お友達をゼロだの豚だの言ってはいけません」 騒ぎにうんざりしたのか、シュヴルーズは杖を手に厳しい声で言った。 「ミセス・シュヴルーズ、一体の何の話でしょうか?」 ルイズは大げさに手を広げてみせながら、心外だという顔をした。 「私は、クラスメートを侮辱などしてはいませんわ。ただ、豚を豚と言っただけのことです」 その発言に、マリコルヌはついに怒りで震え始める。 「ミス・ヴァリエール、いいかげんになさい! ミスタ・マリコルヌに無礼でしょう!」 「はあ? 何をおっしゃってるんです? どこにマリコルヌがいると?」 「どこにって……」 ミス・シュヴルーズは不安を覚えながら、ルイズを見た。 まさか、この少女は本当にどうかしてしまったのか? 「ああ、あそこにいるやつのことですか?」 ルイズはわざとらしく身を引きながら、 「ミセスは少しお目を悪くされましたの? あれは、豚じゃないですか。人間ではありませんわ」 マリコルヌを見てそう断言した。 一瞬狂人と思われるような言動も、その口元に張りついた涼やかな微笑がそれを否定する。 シュヴルーズは怒るよりも呆れて、声が出なかった。 「ゼロのくせに……ゼロのくせに……」 マリコルヌはぶるぶると震えながらも、目を血走らせ、杖をつかんでいた。 ルイズはちらりとそれを確認してから、おもむろにマリコルヌに近づいていく。 「な、なんだ、今さら謝っても……」 マリコルヌは尊大に言うが、言葉は長く続かなかった。 突き出した杖が、ルイズの手に握られていたからだ。 ルイズはただ、無防備に突き出された杖の先端をつかみ、取り上げただけのことだった。 しかし、その動作はあまりにも速かった。 そのため、ほとんどの人間には杖がマリコルヌの手からルイズの手に瞬間移動したようにしか見えなかった。 「あ」 メイジにとって、魂であり命とも言える杖をあっさり奪われたマリコルヌは事態をうまく認識できず、ぽかんとしていた。 ルイズは奪った杖をしばらく弄んでいたが、やがてそれをぼきりと二つに折って、ゴミか何かのように窓から放り捨てた。 「豚に杖はいらないわよね」 すました顔で言った後、すたすたと座っていた場所に戻る。 「う、うわああ!」 数秒ほど経過し、ようやく事態を認識したマリコルヌは、発狂したような叫びをあげ、ルイズに飛びかかった。 だが、その手がルイズを捕まえる前に、ルイズはきっとして振り返り、スナップをきかせた平手でマリコルヌを歓迎した。 マリコルヌはボールのように後ろに転がって、そのまま立ち上がることはなかった。 ルイズに終始豚扱いされた少年は鼻から血を流し、完全に気を失っていた。 教室内が騒然となるのに、しばらくの時間がかかった。 他の教師が駆けつけた後、ルイズは学院長のもとまで連れていかれ、数日間の謹慎を申し渡された。 マリコルヌの怪我はそう大したものではなかったが、杖を折って捨てたのが悪かったらしい。 あの下劣な豚には相応の報いだと思うのだが。 あれこれとコルベールやオスマンに説教されたものの、ルイズはまるで反省などしていなかった。 そもそもの発端は、あの脂肪豚だというのに、何故自分が反省しなければならない? あんな豚が魔法を使えること自体が大きな間違いなのだ。 そんな間違いは即座に正されるべきである。 その証拠に、マリコルヌを処断してから、不快な雑音が消えたではないか。 まあ、もしもまた雑音を発生させる輩がいたのなら……。 今日のマリコルヌと同じように、思い知らせてやればいい。 今までは歯を食いしばって耐えるか、怒鳴り返すかのどちらかだったが、それでは問題は解決しない。 問題は、自発的に動いてこそ解決できるのだとルイズは学んだ。 クズどもには、思い知らせてやればいいのだと。 いや……思い知らせてやらなければならない。 ルイズはひどくウキウキした気分で、着替えを始めた。 この時、ルイズは初めて背中に何かが張りついていることに気がついた。 鏡で確認すると、それは黒い布切れ。 はがす時すこしばかりひりひりしたが、特に問題もなく取ることができた。 「これ、いつの間に……」 使い魔のルーンが刻まれた黒い布切れは、何か前とは違って見えた。 前よりもつやがよくなり、ほんの少しだが、大きくなっているような。 「ひょっとして、これ。何かのマジックアイテムだったのかしら……」 ルイズは不思議に思いながら、布切れを左腕に押しつけてみた。 すると、布切れはぴたりと、まるで第二の皮膚のようにルイズの腕に張りついた。 本来そうであるべきかのように。 一瞬ルイズはその黒い布が自分の中に吸い込まれるかのような錯覚をおぼえた。 ルイズのものであってルイズのものではない感情が、五体を駆け巡る。 頭がクリアになっていき、どんどんと感覚が拡大していく。 と――同時に、どこまでも広大な世界が自分を中心に閉じていくかのようだった。 糸を伸ばせば、世界の果てのことさえ見聞きできそうな気分だった。 強い快感をおぼえ、ルイズは黒い使い魔をなでてみた。 使い魔のルーンをなでているうちに、ルイズの脳内でまた誰かの記憶が爆ぜた。 ――俺は、あんたにとっちゃ、毒だよ。 ――俺は……毒<ヴェノム>だ。 それは誰が、誰に対して言った言葉なのか。 まるで理解できないが、その一方でルイズは理解していた。 これは、かつて使い魔の半身だった者の記憶だ。 それが誰でどんな相手だったのか? こういったことは、ルイズにとってはさして興味を引くものではなかった。 そんなことより、ルイズはもっとこの黒い使い魔をまといたかった。 こいつで真っ黒なドレスを造り、双月の輝く夜に踊ればどれほど素敵だろう。 「――ヴェノム」 ルイズはその言葉をつぶやいてみた。 なんとも響きがいい。 心にぴったりとくる。 「ヴェノム。ヴェノムね……」 ルイズには、毒を意味するその単語が、ひどく神聖で快いものに思えた。 にこりと微笑み、ルイズは愛しげに、腕に張りついた使い魔を見つめた。 前ページ次ページGIFT
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>>back >>next 「とら……さまですか? ええ、こちらにいらっしゃいましたよ。『テロヤキバッカ』を三十個、大至急……とのことでした。マルトーさんと私で、大急ぎで作ったんです」 シエスタの言葉に、ルイズはそう……と俯いた。やはりとらは出かけたのだろう。『テロヤキバッカ』三十個なら、とらの食べる速度を考えれば、もってせいぜい二日だろうが……。 ルイズはこほんと咳払いして、メイドに尋ねる。 「そ、それで……何か言ってたかしら? いつ帰るとか、どこに行くとか……」 「いいえ。特には……申し訳ありません」 「そう……」 あ、これ東方からの珍しい品なんですよ、と言いながらシエスタはティーポットからお茶をカップに注いだ。ありがと、と言って受け取るルイズ。 シエスタは少し微笑んだ。メイジとはいえ、ルイズはまだ小柄な少女である。 「お口に合えばいいのですけど……」 貴族ということを差し引いても、威圧感のあるあの使い魔に比べれば、ルイズのほうがシエスタにとっては怖くなかった。 とらが膨大な量の『テロヤキバッカ』を消費するため、自然とルイズとシエスタが話すことは多くなっていたのである。 しかし、どうも今日のルイズはそわそわとして落ち着きがないようだった。せっかく出したお茶にも手をつけようとしない。シエスタはルイズの顔を覗きこんだ。 「あの……ミス・ヴァリエール。とらさまがどうかなさったんですか?」 「え、ええ。その……ちょっと、ちょっと用事で出かけてるから、それだけなの」 「はあ……」 だったら主人が行き先ぐらい知ってそうなものだ、とシエスタは思う。もっとも、そんなことをわざわざルイズに言おうとはしなかったが。 厨房に漂う気まずい空気と沈黙に、ルイズはそろそろと立ち上がった。 「ええと、もう行くわ。ありがとうね、シエスタ」 「はい……あ、ミス・ヴァリエール、その……」 シエスタの声に、何?とルイズが振り返る。シエスタは自分の用件について話そうか話すまいか迷ったが、やがてあきらめたように頭を振った。 どうやら、とらは不在のようだし、ルイズには用事がありそうだ。今ルイズに話すのはやめておこう、とシエスタは考えた。 「その……今晩にでも、お部屋に伺ってよろしいでしょうか? ミス・ヴァリエールととらさまに、お願いしたいことがあるんです」 「私と、とらに……? え、ええ、いいわ。いらっしゃいな」 「はい!」 にこにこと笑顔で頷くシエスタに、ルイズの胃はまたちょっと痛くなった。うう、と懐に手をあてる。 (どうしよう……とら、今日中に帰ってくるかしら……) ドアを閉めながら、シエスタに安請け合いしてしまったことを後悔しはじめるルイズであった。 一方……、厨房ではシエスタが、緊張から解放されたように、ふう、と溜息をついた。平民のシエスタにとって、やはり貴族と喋るのは気を使うのであった。 (ああ、ミス・ヴァリエール……お茶を召し上がってないわ……そんなに慌てていらしたのかな) 夜に訪問する時に、もう一度お茶を持っていこう。そう考えながら、シエスタはティー・カップを片付けた。 「……それで、私のところに来たってわけ? まあいいけど。ねえ、ルイズ。あなたもう少しちゃんと使い魔の管理をできないのかしら? だいたい、使い魔に朝起こしてもらってるなんて……やれやれね」 「だって……」 ベッドに腰掛けたキュルケは呆れたように言った。ルイズはとらの行方について知らないか尋ねに、キュルケの部屋に足を運んだのだった。 ソファーのに座ってもじもじとクッションをいじるルイズに、キュルケははあ、と溜息をつく。この友人はタバサと違って、自分の使い魔に振り回されているようだ。 (まあ、あれだけ強力な幻獣を操れってほうが無理かしらね……) スクウェア・クラスでもあれだけの幻獣を使い魔としているのはまれだろう。 「でも、あなたもう少し考えたら……? 使い魔が起こしてくれなかったから寝坊して授業に遅れて……それであのとらを使いこなすメイジになれるわけ?」 「わ、わかってるわよ……キュルケ、なんだか最近説教じみてるんじゃない? エレオノール姉さまじゃあるまいし……」 「あんたが子供じみてるんでしょう、ルイズ」 ぐ、とルイズは言葉につまる。ルイズだって、日々あせっているのだ。魔法の腕は『ゼロ』のルイズの名の通り、一向に上達しなかった。 最近、とらに貰った『錫杖』を使う訓練をしているタバサにお願いして、ルイズも一緒にやってみたことがある。 そちらも見事に失敗し、「向いてない」とあっさりタバサに言われたばかりである。 「私だって……その、立派なメイジになりたいわよ。別に強力なメイジじゃなくていいから……普通の呪文を普通に扱うような」 (ふぅん……そりゃまあ、ルイズも悩んでるのよね……あたりまえか) 血統だろうか、生まれつき『火』の系統の素質に恵まれ、トライアングル・クラスの実力を持つキュルケにはなかなかルイズの悩みは実感できない。 とはいえ、ルイズが人一倍努力していることはキュルケも知っていることだった。 「……ルイズ、あなた一度、使い魔から離れてみたら? あんまり大きな力に頼ると、自分を見失うわよ。 無理や背伸びをしないで、まずは自分にできることは何なのか、それを見つけなさいな」 ま、父の受け売りだけど、とキュルケは付け加える。ルイズはぎこちなく頷いた。 恥ずかしがっているのがわかって、キュルケはくす、と笑った。少しからかいたくなって、思い出したような調子でキュルケは言う。 「あー、そうそう、あなたの使い魔だけど……心当たりは、あるといえばあるわね」 ルイズががばっと跳ね起きた。 「どどど、どこよ!? というか、なななんで黙ってたのよ? キュルケー!」 「あら、だから今、こうしてちゃんと言ってるじゃない……ルイズ、あなた、慌てすぎて、大事なひとを忘れてない? いるでしょー、あなたと同じぐらいとらに惚れ込んでるのが」 あ、とルイズが固まった。 確かにキュルケの言うとおりであった。なぜいままで忘れていたのだろう。ルイズはぐっと拳を握る。 大きい胸、青色に染まった長髪……最後に、ルイズの頭の中で「るーるーるー」と歌声が流れ、ルイズは怒りにぶるぶると震えだした。 「ああ、あの……ククク、クソ竜っ……!」 「あらやだ、下品ねー。さーて、タバサのところに行くとしましょうか?」 今にも駆け出しそうな様子のルイズに、クスクスと笑いながらキュルケは立ち上がった。 (……困った) そのとおり、タバサは非常に困っていた。 シルフィードととらを『雪の精霊』退治に送り出し、『サイレント』の魔法をかけて読書に没頭していたら、血相を変えたルイズとニヤニヤ笑うキュルケが部屋に飛び込んできたのである。 とらはどこに行ったのか――そう怒鳴るルイズに、表情には出さないものの、タバサは冷や汗をかいた。オーク鬼よりも恐ろしいルイズの剣幕であった。 ガリア王家の任務をとらに代行してもらったのだ、とは言いにくい。わざわざ偽名を使ってトリステイン魔法学院に通っているのも、周囲への迷惑を避けるためである。 ここで自分の正体を明かせば、ルイズやキュルケに迷惑がかかるかもしれない……そう思うと、本当のことを言うわけにはいかなかった。 (ここは嘘を突き通すしかない。杖は振られたのだ) そう決意を固めたタバサは、芝居がかった仕草でぽんぽんとルイズの肩を叩いてみせた。そして、残念そうに首を振る。 いつものクールな様子とはずいぶん異なるタバサの仕草に、ルイズが怪訝な表情になる。 「二人とも……今回のことをとても『楽しみに』している様子。邪魔はしたくない」 ピシ、とルイズが固まる。 もっとも、とらが『楽しみ』にしているのは『雪の精霊退治』なのであるが……タバサはあえてそこには触れないでおく。 「……シルフィードは『一生のこと』と言っていた。私もその言葉に心を動かされた」 シルフィードは確かに『一生のお願い』と言っていたので、これぐらいのアレンジは許されるとタバサは勝手に判断した。 だんだんルイズの表情が暗くなっていく。 同情に心を痛めながらも、もう一押しだとタバサの心に何かが囁いた。 使い魔の見たもの、聞いたことは主人にも伝わる。タバサはシルフィードの声を聞きながら、適当に脚色を加えることにした。 『ほらほらとらさま、急いで急いで! アイーシャさんに会わなくちゃならないんだから! なんとしてもこの恋はかなえてあげなくちゃ! ああ、とらさまの背中ふかふかで気持ちいいのだわ。るーるる、るるる』 都合の良さそうなシルフィードのセリフに、タバサはこほんと一つ咳払いした。 「……シルフィードは今、あなたの使い魔に抱きついている……シルフィードは言ってる ……『ああ、とらさま――(の背中ふかふかで)という部分をタバサは省略した――気持ちいいのだわ。るーるる、るるる』……」 「あらまあ、情熱的ね」 キュルケが合いの手を入れる。ルイズは茹でたカニのように真っ赤になった。 ルイズをごまかすのには、これで十分であると判断したタバサは、これ以上の追及を避けて、さっと本に顔を落とす。 それっきり顔を上げようとしないで黙り込んだ。 死にかけの金魚のように口をパクパクとさせていたルイズが、真っ赤な顔になりながらも、ようやく声をだした。 「そ、それで……続きは……?」 「……言えない。恥ずかしい」 「とらは、とらは何て言ってるの!?」 「……言えない。恥ずかしい」 唖然とするルイズ。その鳶色の瞳に、じんわりと涙が溜まっていく。 「そんな……うそ、うそよ……うっ……え、えぐっ……ひぐっ……」 「ちょ、ちょっとルイズ……あなた本気で……」 「わぁああああんっ!!」 わっと泣き出したルイズは、タバサの部屋を飛び出してしまった。キュルケが呆れたようにタバサを振り返る。 「あーあ、泣かせちゃった。タバサ……鈍いルイズは気がついてないけど、どう聞いても作り事よ、それ」 「……嘘はついてない」 少々アドリブとアレンジはあるが、許される範囲である、とタバサは自分を納得させた。 あくまで、ルイズに迷惑をかけまいとしての嘘である……のだが、ルイズに泣かれてしまうは思っていなかったため、タバサの良心はチクチクと痛んだ。 (仕方ない。これもすべてルイズのため。ルイズを思えばこそ。危険に巻き込まないため) 強引な自己暗示をかけて、タバサは本の世界に戻る。 それにしても……シルフィードととらの会話を聞く限り、あながち二人が恋仲というのも無理ではない設定だと、タバサはぼんやり妄想した。 「……将来尻にしかれる」 「はぁ? どうしたの、タバサ」 「独り言」 「……なんか、今日あなた変よ……?」 あまりに普段と違うタバサの様子に、キュルケが怪訝な顔をする。 「……間違いない」と言いながら読書の続きに戻ったタバサに、やれやれ、とキュルケは呟いた。 この友人は結構腹ではいろいろなことを考えていそうである。ルイズのようにバカ正直な性格では気がつかないのだろうが……。 (ルイズも可哀想に……後で様子を見に行ってあげましょうか。まあ、泣き疲れた頃合を見計らうことね……) 『微熱』のキュルケは、まるで手のかかる妹のような友人たちに、ふう、と溜息をつくのであった。 >>back >>next
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前ページドラえもん のび太のパラレル漂流記 学院の廊下を、一匹のどでかいネコとツインテールの少女が走り回っていた。 「こ、ここここのバカネコ! なぁにがいい音楽よ! この『剛田武リサイタルコレクション』ってただの騒音じゃない!」 「なにをいうんだ! ぼくはきみが『刺激的な音楽が聴きたい』っていうから…」 誰あろう、ルイズとドラえもんである。 逃げるドラえもんを遅れて爆発が襲い、さらにその後をルイズが駆けていく。 「刺激的にもほどがあるわよ! 魔法も使ってないのに、『ゼロのルイズがまた魔法を失敗したぁ!』 ってまたバカにされたのよ! 全部あんたのせいだわ!」 「め、めちゃくちゃだ!」 もはやこのところの日課になっているドラえもんとルイズの追いかけっこであった。 ルイズの失敗魔法は校舎を削り、その威力はちょっとシャレにならないものがあるのだが、 止めても聞かない上にどうせ後になってドラえもんが直すので、みな見て見ぬフリをしている。 そして、みなが黙認している理由がもう一つ。実はこの追いかけっこ、大抵すぐに終わるのであった。 「今日という今日は許さないわよ!」 このルイズ。胸も魔法もゼロだが、すばしっこさには定評がある。 人間の男にならともかく、短足ロボットなんぞに負けるはずもない。 「うわあっ!」 あっというまにドラえもんをつかまえると、その上に馬乗りになる。 そしてドラえもんのしっぽに次ぐ急所とも言うべき四次元ポケットに目をつけ、 「なにをする! あっ…」 ベリッ、とお腹から剥がしてしまった。 そのまま、手の中で弄ぶ。 「こ、こここのポケット、破いちゃったらどうなるかしらね!」 「や、やめろ! それがなくなったら…」 ドラえもんがめずらしく切迫した声でルイズを止める。 だがルイズは唇の端を意地悪くにやあー、と歪めると、 「びりびりびり!」 「ぎゃあーーー!!!!」 聞こえてきた破滅的な音に、ドラえもんが思わず叫びをあげるが、 「……なあんてね」 本当にポケットを引き裂いた訳ではない。 ただ、切り裂くような指の動きにあわせて、ルイズが声を出していただけだ。 ……実に古典的なイタズラであった。 「わるふざけはやめてくれ。まったくしんぞうにわるいよ」 ドラえもんの取り乱しように多少溜飲を下げたルイズがドラえもんにポケットを返すと、 ドラえもんはぶつくさと言いながらポケットを付け直した。 「にしても、このポケットがないと何も出来ないなんて、あんたも意外と不便ね」 「そりゃ、ずっとおなかにつけてるからなくしたりしないし、 のび太くんの家にはスペアポケットが……スペアポケット!!!!」 ポケットを破かれそうになった時より大きな声で、ドラえもんが叫んだ。 「スペ……え? なによそれ? 新しい道具?」 きょとんとしているルイズに、ドラえもんが大慌てで説明する。 「スペアポケットだよ! この四次元ポケットとおなじつくりの、よびのポケットなんだ!」 「……へえー」 一応そう言ってみるものの、ルイズには何がそんなに驚くことなのか、よく理解出来ない。 ドラえもんはそんなルイズの様子に焦れたように、 「わからないかなあ。このポケットとスペアポケットは、四次元空間を通じてつながっているんだ」 「つまり?」 「このポケットの中にはいれば、きっとのび太くんの家のスペアポケットに出られるんだ!」 そこに至って、ようやくルイズもドラえもんの興奮の理由がわかった気がした。 「それってまさか、あんたが家に帰れるってこと?」 「そうさ! ……ばんざーい、ばんざーい! スペアポケット、ばんざーい!!」 いつものやさぐれたような口調も忘れ、素直に喜びをあらわにするドラえもんの声を、 なぜだろう、ルイズはどこか寒々しい気持ちで聞いていた。 「のび太くんの家にやってきてからこのかた、こんなに長い時間、のび太くんとはなれたのは はじめてだったかもしれない。でも、それももうおわりだ。 まってろよ、のび太くん。ぼくがいま行くから!!」 興奮冷めやらぬ、といった様子で無邪気に喜ぶドラえもん。 一方で、ルイズは複雑な心境だった。 「そう。よかったじゃない」 祝いの言葉も、ついついかすれてしまう。 ――こんなおかしな使い魔、いなくなればいい、と最初はずっと思っていた。 しばらくして、ほんの少しだけドラえもんと親しくなってからも、もしドラえもんが 元の世界に帰る方法を見つけたら、快く送り出してやろうと考えていた。 しかし、それはもっともっと先のことで、しばらくはこのままの生活がずっと続くと思っていた。 なのにその時がこんなにも早く、こんなにも唐突に訪れるとは、ルイズは全く想像もしていなかったのだ。 (さっきまで、いつも通り、ふつうにバカやってたじゃない。なのに、こんないきなり……) 降って湧いたような事態に、ルイズは混乱していた。 「とにかく、部屋に戻りましょう。こんなこと、廊下でする話じゃないわ」 「ん? ああ、そうだね。帰りじたくもしなくちゃいけないし……」 ドラえもんの弾んだ声に、なぜが胸がずきりと痛む。 だが、ルイズはそれを無視して無言で廊下を歩き、自分の部屋のドアを開ける。 目の前に広がる、無人の部屋を見た時、つい、口から思いが漏れた。 「そっか。あんたが出て行ったらわたしまた、一人でここで暮らすのね……」 そんな弱音を口にしてしまってから、ハッとして後ろを振り返る。 「ルイズ…」 さっきまではしゃいでいたドラえもんが、今は申し訳なさそうな顔でルイズを見ていた。 ――まずい、そんなつもりじゃなかったのに。 ルイズは焦って弁解して、 「ち、違うわよ! さびしいとかそういうんじゃないからね! 勘違いしないでよ、バカネコ! ただ、わたしは…わたし、は……」 しかし、後に言葉が続かない。言うべき言葉は喉に詰まって、何も出てきてはくれなかった。 ルイズは大きく深呼吸して、何とか表面だけでも心を取りつくろうと、 「とにかく、なんでもないわ。いいから、早く帰りなさいよ。 ……あんたには、ちゃんと必要としてくれてる人が、待ってる人がいるんでしょ」 ルイズはそう言って、ドラえもんから視線を外した。 そのままでいると、何だかドラえもんには見られたくない顔や、 聞かせたくない言葉を漏らしてしまう気がしたのだ。 「いや、ぼくは行かない」 「…えっ?」 意外なドラえもんの言葉に、一瞬ルイズの顔がほころびかけ、 「な、なに言ってんのよ! あんたがいないと、のび太ってのが…」 それを必死で押し隠して、怒ったようにドラえもんに食ってかかる。 しかし、ドラえもんは穏やかな顔で首を振った。 「帰るほうほうがわかっただけでいいんだよ。 ぼくにはタイムマシンやタイムベルト、ほかにもべんりな道具がたくさんあるからね。 帰るのがいつになったって、ぼくがいなくなった時間にもどればかんけいないんだ」 ぽん、とルイズの頭にドラえもんの手が乗せられる。 「どうせのりかかったふねだ。ここできみを見守って、きみのことがぜんぶかたづいてから、ぼくはもどるよ」 「ドラえもん…」 その優しい言葉を聞いた途端、ルイズの顔がふにゃっと崩れ、泣き出してしまいそうになる。 しかし、何とかそこで踏み止まり、自分が無防備な顔をさらしていたことに気づいて、ルイズは真っ赤になった。 「お礼なんて、言わないんだからね!」 その顔の火照りをごまかすように、ルイズはそんな捨て台詞を残して部屋の中に駆け込んでいった。 ――その、夜のことだった。 「あれ、ドラえもん…?」 夜中に目が覚めたルイズは、ドラえもんが寝床を抜け出しているのに気づいた。 「もう、あの不良使い魔は…!」 そう毒づいて、もう一度寝てしまおうかと思ったが、どうにも気にかかって眠れない。 「これは別に、あんたのことが心配だからとかじゃないんだからね!」 誰も聞いていないのにそう言い訳して、寝台を降りる。 「ご主人さま置いて勝手に抜け出すなんて、使い魔失格……あれ?」 ぶつくさと言いながら、扉を開いたその先、そこに、ドラえもんはいた。 うっすらとした月明かりの下、一枚の写真を手に、何かを語りかけているのだった。 「やあのび太くん。きみのところにもどるのは、まだだいぶ先になりそうだよ。 でも、きっともどるから。ぜったいにもどるから、まっててくれよ」 ルイズは写真に話しかけるドラえもんを見て、思わず声を出しそうになった。 (あいつ…!) それだけ、写真を眺めるドラえもんの顔は優しくて、それ以上に悲しそうだったからだ。 ルイズの見守る中、そうとは知らぬドラえもんは、空を見上げ、ぼそりとつぶやく。 「ああ、のび太くん。きみはいったい、どうしているかなあ…」 そしてその時、ルイズは見た。 血の通わぬはずの異世界のカラクリ人形の目から、透明な雫がこぼれ落ちていくのを……。 「……あの、バカ」 ぎゅうぅ、と唇を噛み締め、ルイズはうつむいた。 ――どうして気づいてやれなかったのだろう。 ドラえもんはあんなにのび太のことを心配して、そして何より、あんなにのび太に会いたがっていたのに。 なのに自分は勝手な都合でドラえもんを引き止め、ドラえもんの気持ちも考えずに無神経に喜んでいたなんて。 ルイズは顔を伏せたまま、ごしごし、と涙をぬぐう。 「……よし」 そして、ふたたび顔をあげた時のルイズの顔は、さっきまでの甘えん坊な小娘の顔ではなかった。 誇り高い貴族の顔が、そこにあった。 翌朝、めずらしく自分で起きだしたルイズは、何でもないことのようにドラえもんに告げた。 「そうそう。そういえば言い忘れてたけど」 「なんだい? またキュルケにからかわれた? それともじゅぎょうでしっぱいしたのかい?」 失礼極まりない質問だが、ドラえもんがルイズを気遣うような言葉をかけてくるのはめずらしいことだ。 決心が揺らぎそうになるが、それを必死で押さえ、ルイズはこう言い放った。 「そんなんじゃないわよ。そうじゃなくて、あんた、今日で使い魔クビだから。故郷帰りなさい」 出来るだけ冷たく、突き放すように。 ドラえもんはしばらくポカンとしていたが、 「ははあ。ルイズ、さてはきみ、きのうのことをきにしてるんだな」 「そんなんじゃないわ…」 「いいんだ、いいんだ。きみだってなかなかいいところがあるじゃないか。 でもだいじょうぶさ。いつだって帰れるんだ。いまじゃなくてもいい」 「そんなんじゃないって言ってるでしょ!」 あくまで強情なルイズに、ドラえもんはやれやれとばかりに首を振った。 「ねえルイズ。ぼくはもう、帰るほうほうがわかっただけでまんぞくなんだ。 時間なんてどうにでもなるんだから、このままきみのつかいまをつづけて…」 諭すようにドラえもんがそう言ってくれている。……はっきり言えば、嬉しかった。 今まで家族以外にこんな優しい言葉をかけてくれる者がいただろうか。 だが、だからこそルイズにはもう、耐えられなかった。 その言葉をさえぎって叫ぶ。 「でも、あんたは泣いてたじゃない!」 もし、ドラえもんがルイズの所に留まって、使い魔をしてくれたらどんなにかいいだろうと思う。 しかし、それは望んではいけないことなのだ。ドラえもんのことを思うなら、決して。 「たしかに元の世界に戻ってからタイムマシンとやらを使えば、 あんたが消えてた時間はなくなって、元の通りになるかもしれない。 あんたの大好きなのび太だって、悲しい思いをしなくて済むかもしれない。 ――でも、あんたはどうするのよ! これからずっと、そののび太っていうのに会いたいって気持ちを抑えて、 わたしの使い魔をやるって言うの!? そんなの、わたしは認めないわ!」 ドラえもんが驚いた顔をしている。だが、それは図星を突かれた驚きの表情であって、 見当外れのことを言われた驚きではなかった。 そんなドラえもんの顔を直視出来なくて、ルイズは下を向いた。 「やっぱりあんた、ほんとは帰りたいんでしょ。そんなやつを、わたし、使い魔にしていたくない。 していたくないから、だから、帰って。帰ってよ、お願いだから……」 それでもかすれた声で、最後まで言い切った。 「……ルイズ」 かけられた声にルイズが顔をあげると……ドラえもんが複雑な顔をしてルイズを見ていた。 それだけで、それ以上何も言われずともルイズにはわかった。 やはりドラえもんは帰りたいのだ。元の世界に帰って、のび太と会いたくてたまらないのだ。 「ルイズ。その、なんていったらいいか…」 「なんにも言わなくていいわ」 ルイズがそっけなくそう言い放ち、それきり、部屋に沈黙が満ちる。 「……おせわになったひとたちに、あいさつに行ってくるよ」 やがて根負けしたようにドラえもんがそう言って、部屋を出て行った。 ――バタン。 その扉が閉められた途端、ルイズは堪え切れずにベッドに身を投げ出し、泣き出した。 「これで、いいのよね、ちいねえさま。わたし、正しいことをしたんだもの」 つぶやいてみても、心は晴れない。 優しいカトレア姉さまのことを考えて、涙を止めようとしてもダメだった。 (わたし、昔ほどちいねえさまのこと、考えなくなってた。 それってきっと、わたしが一人ぼっちじゃなくなってたから。 いつのまにか、あの使い魔はわたしの心に空いた虚無を埋めていたんだわ) そんなことばかり考えてしまって、よけいに悲しくなる。 ルイズは一人、枕に顔をうずめて泣き続けた。 戻って来たドラえもんに、『使い魔の見送りなんてどうでもいい、わたしは授業に行く』 と意地を張ったため、ドラえもんは授業の終わった夕方に元の世界に戻ることにした。 そのくせ出発が夕方だと決まると、なんのかんのと理由をつけて授業をサボり、 ルイズは最後の何時間かをドラえもんと一緒に過ごした。 だが、それはドラえもんも同じで、もうとっくに帰り支度なんて終わっているはずなのに、 部屋の隅でグズグズと何か作業をしていた。 ――しかし、いつか幕は引かねばならない。 そして、それが長引けば長引くほど、別れのつらさは倍増するのだ。 ルイズは意を決し、往生際悪く作業を続けるドラえもんに呼びかけた。 「そんなとこで何してるのよ、ドラえもん! 元の時代に帰るんでしょ?! だったら早く、しなさいよね…!」 最後の方が鼻声になってしまったが、今のルイズとしては上等だろう。 それでもまだ動こうとしないドラえもんに、出来るだけ苛立ちを込めて、 「ドラえもんー!?」 と呼んだ。 さすがに無視出来ないと感じたのか、ようやくドラえもんが立ち上がる。 そしてそのまま、ルイズの至近距離まで近づいてきた。 「…なによ」 泣きはらした顔を見られたくなくて、ぷい、とルイズはそっぽを向く。 「その、きみにはせわになったなあ、と思って…」 「ほんとよ! すっごく感謝しなさいよね! 貴族のわたしが、あんたみたいなヘンテコを 養ってやったんだから、もっと感謝して、もっと……」 最後までいつも通りにと思うのに、やはりどうしても言葉が出てこない。 代わりに目から水があふれてくる。 ……かっこ悪い。 ルイズはごしごしと目元をこすった。 ドラえもんは、そんなルイズをからかうでもバカにするでもなく、優しく語りかけてくる。 「なあルイズ。そんなになくなよ」 「な、泣いてなんかないわよ! あんたなんかがいなくなったって、 何にも変わらない! だから、悲しくなんかないんだから、 さっさと行けばいいじゃないの!」 最後まで素直になれないルイズの肩に、ぽん、とドラえもん手が置かれた。 「四次元ポケットはここにおいていくよ。 これさえあればいつだってここにもどってこれるし、きみだって道具を使える」 驚いて、ルイズはドラえもんの顔を見る。 その顔は、どこまでも穏やかだった。 「で、でもこれ、あんたの大事なもの…」 「そんなものより友だちのほうがたいせつさ」 「とも…だち……」 その言葉に堪え切れず、ルイズの瞳からぶわっと涙があふれた。 貴族としてのプライドも、ご主人さまとしての体面も忘れ、体ごとぶつかるように、ドラえもんにしがみついた。 「……バカ、バカ! なんで行っちゃうのよ! ポケットなんていらない! 道具なんてどうでもいい! 友達なんだったら、一緒にいてよ!」 「ルイズ…」 いけないと思っても、溢れ出した言葉は止められなかった。 「わたしにもようやく、居場所ができたと思ったのに…! あんたと二人なら、ゼロだってバカにされてもがんばれるって、 そう、思ってたのに…!」 それからはもう言葉にならない。 ルイズは声をあげて泣き、ドラえもんも涙をこぼしながら、ひたすらルイズの頭をなで続けた。 「ルイズ、やっぱりぼくは…」 ドラえもんがとても困ったような顔で、口を開く。 ルイズはドラえもんが何を言おうとしているか悟って、首を振った。 「…やめて。さっきのは気の迷いよ。忘れて」 「でも…」 「ドラえもん。わたしに恥をかかせないで。……だって、わたしは決めたの。 自分の意志で、あんたを元の世界に帰すって。この選択は、誰にもくつがえさせはしない。 たとえあんたにだって、わたしにだって、ね」 「ルイズ…」 ドラえもんは一度口を開いて何かを言いかけ、しかしまた口を閉じると、 今まで見たことがないほど真剣な顔をして、一言一言を惜しむように、ゆっくりと口を開いた。 「ルイズ。きみはゼロなんかじゃない。 きみはぼくがしってる中でいちばんりっぱなきぞくで、ぼくのじまんの……ともだちだよ」 ――そして、とうとう別れの時が訪れる。 「ぼく、行くよ」 ドラえもんが、ポケットを外し、そこに足をかける。 「あっ……」 それを見てルイズは思わずドラえもんに手を伸ばしかけ、しかし何も出来ずに下ろした。 どれだけつらくても止めてはいけないのだ。 それが、自分の決断なのだから。 ……手は出せない。だからせめて、言葉をかける。 「も、もし、うまく帰れなかったら、ちゃんとここに戻ってきなさいよね! その時は……わ、わたしの家で、ちゃんと雇ってあげるから! だから…」 ルイズのその言葉を聞いた時、ドラえもんは微笑んだように見えた。 そうして、 「――さようなら、ルイズ」 その言葉を最後に、ドラえもんの姿はポケットの中に消えた。 「ドラ、えもん? ……いっちゃった、の?」 ルイズの言葉に答える者は、もう誰もいない。 後に残ったのは、小さなポケットだけだった。 ルイズはずっと、一晩中ポケットの前で待ち続けた このままあのヘンテコな使い魔と別れることになるなんて ルイズにはとても信じられなかったのだ 「だってあいつ、間が抜けてるんだもの。きっとすぐに戻ってくるに決まっているわ」 だからルイズは、使い魔からのその小さなプレゼントを胸に抱き 帰ってきたドラえもんにかける言葉を一生懸命に考えながら 「ふふ…」 ときどき、穏やかで優しい妄想にほおをほころばせる かけたい言葉はたくさんある。伝えたい想いも、また だけど、時間はいつだって有限で ルイズはいまだ決定的な言葉を見つけられないまま 時計は淡々とその時を刻む やがて空には曙光がさし、いつのまにか夜は明けて ドラえもんは結局、戻ってこなかった…… 「ん…。あさ…?」 ルイズが目を覚ました時、もう日は空に高く上がっていた。 「ドラえもん! あんたまたわたしを起こすの――!」 忘れたでしょ、と言いかけて、ルイズはようやく思い出す。 「そっか。いなくなったんだった。……あはは。これですっきりしたわ。 あんなナマイキな使い魔。こっちから願い下げだもの」 そんな言葉を口にして、なのになぜだろう。部屋の広さに、視界がにじんだ。 「あはは。わたし、ほんとに一人ぼっちになっちゃった……」 ふらふらとした足取りで、ドラえもんが寝ていた部屋の隅に向かう。 寝床にはあまりこだわりがないのか、そこに敷かれた藁の上で、 ドラえもんはいつも横になっていたのだった。 「こんなことなら、もうちょっとあったかい寝床、用意してやるんだった。……ん?」 そこでルイズは、ドラえもんの寝床に何か落ちているのに気づいた。 「なにかしら…」 ルイズがそれに手を触れると、いきなり空中にドラえもんの姿が浮かび上がった。 驚くルイズに、映像のドラえもんが語りかける。 『ルイズ。面とむかってはなすとてれくさいから、こうして手紙をのこすことにするよ』 その言葉を聞いて、ルイズは悟った。これは、たぶん未来の世界の手紙なのだろう。 帰る直前、ドラえもんはこっそりとルイズにこんな手紙を残していたのだ。 「あいつ、こそこそと何かやってると思ったら、こんなよけいな、こと…」 言っている間に、また涙が出てくる。グジ、とルイズは鼻をすすった。 『なあルイズ。きみはまったくわがままでへんてこなやつだったけど、その…… きみとすごした日々は、とても、たのしかったよ』 空に浮かび上がったドラえもんが、照れくさそうにそう言った。 「わたしも、よ。あんたこそヘンテコで、ご主人さまの言うこと、なんにも聞かなかったけど、 ……でも、わたしだって楽しかった。あんたがいるから、わたしは一人ぼっちじゃなかった」 この先何があっても、たとえもう二度と、ドラえもんと会えなくなったとしても、 自分はドラえもんと過ごした日々を忘れたりはしないと確信出来た。 『ぼくが、もし、もしのび太くんにあうまえにきみとであっていたら……』 そこで映像のドラえもんが鼻をすすりあげる。 「なによ、いまさら。そんなの、ずるいじゃない…」 現実のルイズもつられてグズ、と鼻をすする。 後ろを向いて涙をぬぐったドラえもんが、無理矢理な明るい声で告げる。 『ルイズ。ぼくはきみのためにポケットをのこしていくつもりだけど、 ひとつだけやくそくしてほしい。なれないひとに四次元空間はきけんなんだ。 ぜったいに、ぼくをおってポケットの中に入ったりしないとやくそくしてくれ』 その言葉にルイズはぐっと息を飲む。 いざとなれば、ドラえもんを追ってポケットの中に入ればいい、心のどこかでそう思っていたのだ。 だが、他ならぬドラえもんの言葉なら、守らないわけにはいかない。 「…わか、ったわ。始祖と紋章に誓って、ポケットには入らない」 聞こえていないと知っていながら、律儀に誓いの文句を口にする。 『この世界には戦争や怪物、魔法を使うおそろしいエルフまでがいるらしいじゃないか。 そんな世界で、魔法も使えないのにくそまじめでうそもつけないきみがやっていけるか、 ぼくはしんぱいだ。だからひとつだけ、道具をのこしておくよ。 すごい力をもった道具だから、ぼくが行ったあとで、どうしようもなくなったときにだしてくれ』 そう言って、ドラえもんは藁束の一番奥のふくらみをたたく。 『これはぼくじしん、まだいちども使ったことのないとっておきだけど、使いかたはかんたんで…』 だが、その言葉は他ならぬルイズの声でさえぎられた。 『そんなとこで何してるのよ、ドラえもん! 元の時代に帰るんでしょ?! だったら早く、しなさいよね…!』 その声の主は、今手紙を見ているルイズではない。過去のルイズが、ドラえもんをせかしているのだ。 その言葉に、ルイズは手紙の終わりが近いことを悟った。 なぜならこの後、ドラえもんはすぐに…… 『ゴメン、もう時間がないみたいだ。道具のせつめいは紙に書いてはりつけておいたから…』 せめて一言、とドラえもんは身を乗り出すようにして、最後の伝言を残し、 『ドラえもんー!?』 遠くからまた、ルイズの声が聞こえて、 『…それじゃあね、ルイズ。ぼくはぜったい、もどってくるから――』 ――ぷつん。 そこで、映像は途切れた。 映像が終わり、われに返ったルイズは、ぼんやりとした動きで敷き詰められた藁を見た。 そこには確かに、何かが隠されているようなふくらみがあった。 ――ごそ、ごそ。 見るからに緩慢な動きで、藁の奥に隠された何かを引き出す。 「……なに、これ?」 何かの装置なのだろうか、縦長で、何かのケースのようにも見える奇妙な物体が置いてあった。 そのまんなかの辺りには付箋のような物が貼ってあって、道具の説明らしきものが書かれているが、 「バカね。あんたの世界の言葉、わたしが読めるワケないじゃない…」 翻訳こんにゃくを使えばトリステインの文字だって書けるだろうに、 ドラえもんは焦って日本語で字を書いてしまっていたのだ。 涙に濡れたルイズの顔に、くすりと小さな笑みが戻る。 こんな時でもドジなドラえもんが、あまりにもドラえもんらしくて、笑ってしまう。 「でも、いいわ。あんたの気持ち、受け取ったから……」 これではこの道具の使い方は分からないが、元よりルイズはこの道具を、 いや、ポケットの中に入っている他の道具も含め、ドラえもんの道具を使う気はなかった。 自分の、自分だけの力で、胸を張って生きていく。 いつか、ドラえもんと笑って再会するため、それが必要なことに思えたのだ。 次に会った時、ドラえもんが自分の使い魔であることを誇れるような、そんな人間になりたい。 ――それが、ルイズの新しい目標だった。 「ドラえもん、あんたが帰ったら、部屋ががらんとしちゃったわ。 でも……すぐに慣れると思う。ううん、ぜったいにそうなる。なるように努力する。 だから、だから心配しないで」 ルイズは気丈に胸を張り、涙によごれた顔をあげ、過去のどんな約束よりも重い、誓約の言葉を紡ぐ。 「でも、その代わり、わたしがずっと、がんばれたら。 いつか、胸を張って笑えるようになった、その時には。 また、笑顔で…えがお、で……う、うぅ、ぐ、グス…ドラ、えもん」 しかしついには堪え切れず、誓いの言葉に嗚咽が混じった。 「ドラえもん! ドラえもん、ドラえもん、ドラえ…もん…」 どれだけ強がっても、幼い心に別れの痛手は重く、心の傷はまだジクジクと痛む。 それでも、ルイズはそれに必死で抗った。 耐えがたい胸の痛みがあふれる度、ドラえもんの残した道具を強く、強く抱き寄せる。 よぎる思い出の度にこみあげる涙の衝動に負けぬよう、一層強く、それを抱き締めるのだ。 朝の喧騒はまだ遠く、ルイズの前には密やかでちっぽけな、けれど過酷な戦いが待っている。 しかしそれでも、孤独ではない。 ルイズは別れた友の贈り物を抱え、静かに目を閉じる。 傷だらけの心を休ませて、また立ち上がるために。 ……そして その道具を大切そうに抱えたまま、ルイズが眠りに落ちてしまった後。 ――ひらり。 ルイズの腕の間から、道具に貼られた付箋が落ちる。 その、一行目。 そこにはドラえもんの字で、こう書かれていた。 『地球はかいばくだん』と。 第六話『さようなら、ドラえもん』 おわり 前ページドラえもん のび太のパラレル漂流記
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前ページ次ページとある魔術の使い魔と主 ルイズは夢を見ていた。まだ小さい頃、トリステイン魔法学院に行く前の時の事だった。 「ルイズ、ルイズ、どこに行ったの? ルイズ! まだお説教は終わっていませんよ!」 ルイズは、生まれた故郷、ラ・ヴァリエールのとある屋敷の中庭を逃げ回っていた。 騒いでいるのは母、追ってくるのは召使である。理由は簡単で、デキのいい姉達と魔法の成績を比べられ、物覚えが悪いと叱られていた最中逃げ出したからだ。 幸い、中庭には迷宮のような埋め込みの陰が多々ある。その中の一つに隠れてやり過ごそうとしたのだが…… 「ルイズお嬢様は難儀だねえ」 「まったくだ。上の二人のお嬢様はあんなに魔法がおできになるっていうのに……」 召使の会話を聞いて、ルイズは奥歯を噛み締める。悲しくて、悔しくて、どうしうも出来ない自分に腹立てていた。と、召使達は埋め込みの中をがさごそと捜し始めた。 マズイ、とすぐに自分が見つかってしまうとビジョンをルイズは思い浮かべ、すぐさま逃げ出した。 そう、彼女の唯一安心出来る場所、『秘密の場所』となる中庭の池へと向かう。 途中見つからないようにと、小さい体をさらに小さくして細心の注意をはらう。 あまり人が寄りつかない、うらぶれた中庭。池の周りには季節の花が咲き乱れ、小鳥が集う石のアーチとベンチがあった。池の真ん中には小さな島があり、そこには白い石で造られた東屋が建っている。 その小さな島のほとりに小船が一艘浮いていた。船遊びを楽しむ為の小船も、今は使われない。姉も、母も、父も、皆そんなものどうでもよくなったのだ。 そんなわけで、この忘れられた中庭の島のほとりにある小船を気に留めるのはルイズ以外誰もいない。ルイズは叱られると、毎回この中に隠れてやり過ごす。 予め用意してあった毛布に潜り込み、のんびり時間を過ごそうとしていると…… 一人のマントを羽織った立派な貴族が、ルイズの小さな視界に写りこむ。 年は大体十代後半、このルイズは六、七歳であるから、十ばかり年上だろうと感じた。 「泣いているのかい? ルイズ」 つばの広い帽子に顔が隠されても、ルイズは声でわかる。子爵だ。最近、近所の領地を相続した年上の貴族。 ドキッ、とルイズは胸を熱くした。憧れの子爵。。晩餐会をよく共にし、父と彼との間で交わされた約束をルイズは覚えている。 「子爵さま、いらしてたの?」 慌てて目の前にいる子爵から視線を外す。見られたくない自分の顔を、憧れの人に見られてしまったので、顔を赤く染める。 「今日はきみのお父上に呼ばれたのさ。あのお話の事でね」 「まぁ!」 ルイズはそれがなんなのか知っている。知っているからこそ、今度は顔全部が染まり、俯いた。 「いけない人ですわ。子爵さまは……」 「ルイズ。ぼくの小さなルイズ。きみはぼくのことが嫌いかい?」 いつもと変わらぬ口調で子爵が言った。ルイズは首を横に振り、 「いえ、そんなことはありませんわ。でも……わたし、まだ小さいし、よくわかりませんわ」 ルイズははにかんで言った。自分の素直な気持ちを理解してくれたのか、帽子の下の顔がにっこりと笑った。あぁ……、とルイズは頭の中の思考が停止する。そう、この笑顔が素晴らしいんだ。 「子爵さま……」 「ミ・レィディ。手を貸してあげよう。ほら、つかまって。もうじき晩餐会が始まるよ」 普段のルイズから真っ先に掴むのだが、今回は躊躇われる。 「でも……」 「また怒られたんだね? 安心しなさい。ぼくからお父上にとりなしてあげよう」 さぁ、と再び手を差し延べてくる。大きな、憧れの手。 ルイズに断る余裕はない。ただ頷いて、立ち上がり、その手を握ろうとした。 そのとき、一陣の風が吹いて、貴族の帽子が飛んだ。 「あ」 帽子がなくなり、覗きでてきた顔を見て、ルイズは思わず当惑の声をあげた。夢であるので、いつの間にか恰好が、十六の今の歳へと変わっていた。 「な、なによあんた」 帽子の下から現れた顔は、憧れの子爵ではなく、使い魔の当麻であった。 「残念でしたなー!」 「な、なにがよ。そもそも何であんたがここにいるのよ」 「いやー、ルイズに憧れている子爵がいる聞いてなー。ちょっと演じてみてさ。そしたらどうよ、お前のあの顔! ププップー、いや、最高!」 憧れの子爵の恰好をした当麻は、くの字になって笑い出している。 なんというか凄い腹の立つ当麻である。いや、ぶっちゃけるといつもと変わらないが。 「ばかじゃないの! 何ちょっと一緒に踊ったからって、調子に乗らないで!」 「ささっ、早くこちらへ来てわたくしと一緒にお父様へと報告しましょうか」 ガシッとルイズの腕を掴んで引っ張ってくる。 「わわっ!」 いきなりの事で、体勢を取れないルイズは、そのまま当麻の胸へとダイビング。ちなみに今の当麻は、絶対にそんな事はしない。 「な……やめてよ! ばか!」 離れようとするルイズを当麻はしっかりと両手でカバー、抱きしめる。夢だからありなのです、この当麻は。 「なんであんたなのよ! もう!」 ぽかぽか、という擬音が似合うように当麻を殴り付けたが、きかないきかない~、と笑っている。 ルイズの顔がカーッと赤くなる。なぜかわからないけど、今の自分の感覚は妙な気分だ。故に、ルイズはさらに苛立ちを覚えるのであった。 鼻血がでた。 深夜、トイレへと行っていた当麻は、突如鼻から真紅の液体が流れてきた。原因は恐らく夜食として食べまくったピーナッツである……と思う。 「っと……」 慌てて顔を少しだけ上げて、血の勢いを止めた。 トイレから出ると、ティッシュを求めて急いでルイズの部屋へと戻る。 当麻以外起きている人は恐らくいない。ギッ、とテンポよく床を蹴る音がはっきしと聞こえるぐらい静まっていた。 もちろん扉を開ける時は、行きと同じように主のルイズを起こさないようにする。 ギィィ、と扉が悲鳴をあげる。その音に当麻の心臓は、自分の体から飛び出そうになった。 ここは月が二つある為、たとえ深夜になろうとも、うっすらと明るい。ビクビク怯えながらベッドの上にいるルイズを見る。 う~ん、う~んと唸り声をあげて寝ている。よっぽど悪い夢を見ているのだろうか? と当麻は思う。 (そんな事よりティッシュティッシュ~) と、辺りを見回す当麻の視界に、ティッシュ箱が目に入る。 そこはベッドのすぐ隣の小さな置き場にあった。 あったあった、と小さく喜びながら早速取りに行く。 が、もちろんそのまま手に入るというわけにはいかない。忘れてはダメだ、彼は『不幸』である。 ガッ、と当麻は思いっきり何かに躓く。それはランプであったが、そんな事当麻は気にする余裕がない。 (やべっ、倒れ――) 慌てて態勢を保とうとするが、完全に虚をつかれた為、努力の甲斐なく倒れ込んだ。 ルイズが寝ているベッドへと。 「へ……な、なによ! ちょっと!」 当麻はルイズのふくらみが全くない胸へと突っ込んだ。寝つきのいいルイズも、さすがにこれには目が覚める。 すぐさま自分の置かれた状況に気付き、当麻を押し倒す。 「いっ!? てぇぇぇぇ」 ベッドから突き落とされ、当麻は床に後頭部をぶつける。 ゴチン! と何やらよろしくない音が鳴り、当麻は頭を両手で抱えながら暴れ回る。 「あああああんたはなななにをやってるの!」 ルイズの声が震えだし、こめかみに血管が浮かび上がっている。 「何でもないです、何でもないです! 俺は鼻血を――」 と言って気付く。そういえば前にこんな事あったような…… 目の前にはネグリジェしか身に纏っていない睡眠中のルイズ、そこに倒れ込んだ――いや、ルイズにとっては襲いかかってきた上条当麻、そしてトドメの鼻血。 Q1、この状況でベッドから起こされた女の子視点ではどう映りますか? 当麻の全身からブワッと噴き出した。前に体験した分、余計に嫌な予感がしてくる。その予感が現実へと変わるように、ベッドの上で両腕を組んで、大の字となっている少女の目がどんどんお怒りモードになりつつある。 何て言うか、当麻はもうこの惨劇(バッドエンド)を回避出来そうにないと悟った。 ルイズは無言で立っている。その目は何か遺言は? と訴えている。 「し、――――」 何をしても殺される、ならば最後は……あれ、これも前にあったなーと思いながら当麻は、 「――――新ジャンル『ドキッ☆使い魔と主の一夜』!?」 数秒後、当麻の絶叫が響き渡った。 前ページ次ページとある魔術の使い魔と主
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前ページゼロの答え 深夜の中庭。二つの月が照らす中、デュフォーとそれを見つめるルイズとキュルケ、そして自らの使い魔に乗って上からそれを見るタバサの姿がそこにあった。 あの後、中庭に出たところキュルケとタバサも来て何をしているのかルイズに追求してきた。 そしてとうとう根負けしたルイズが事情を話し、キュルケとタバサは半ば押しかけ気味に見届け人として参加すると言ってきたのだ。 デュフォーは我関せずと他人事のようにそれを静観していた。 最初はまったく興味なさそうだったタバサだったが、"ガンダールヴ"という言葉を聞くと積極的に参加の意を示してきた。 「あそこの壁を傷つければいいんだな」 そういうとデュフォーは本塔の壁を指差した。 「ええ、そうよ。あんたが本当に"ガンダールヴ"ならそのくらい楽勝でしょ?」 腕組みをしてルイズが答える。 本塔の壁にどれだけの傷を付けられるか?それがルイズたちの出したデュフォーが本当に"ガンダールヴ"なのかどうかを知るためのテストであった。 本塔の壁は非常に頑丈にできている。その上、指定した場所は地面からかなりの高さである。 普通の人間ならとてもではないが手出しできないような位置を指定していた。 仮に本当に"ガンダールヴ"だとしても地面からそれだけ高さのある場所なら、多少の傷しかつけられないとはタバサの弁であった。 タバサがウィンドドラゴンに乗っているのは、指定した場所が場所であるので、宙に浮いて見ないと正しく判別できないだろうとのことからである。 デュフォーはルイズたちの指定した場所の後ろが宝物庫だと知っていたが何も言わなかった。 どうでもいいことだからである。 ルイズが合図をすると同時に、デュフォーの左手のルーンが光り輝いた。 そしてデルフを持って振りかぶり、投げる。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「「「「「えっ!?」」」」」 デルフから伸びる悲鳴と、五つの驚きの声が夜の中庭に響いた。 ルイズたち三人以外の声の内、一つは植え込みの中、もう一つはタバサの方から聞こえたのだが、叫んだ当人たちは誰もそのことに気が付かなかった。 そしてデュフォーはそのことに気づいてはいたものの、最初からそこに人がいたり、タバサの使い魔は風韻竜で喋れるということを知っていたので特に反応はしない。 (タバサは自分の使い魔が喋ったことには気が付いていたので、杖で軽く頭を叩いた) 悲鳴をなびかせながら、デルフは見事に根元まで、本塔の壁に突き刺さった。 ルイズたちが指定した場所に寸分の狂いも無く埋まっている。 「これでいいんだろ?」 ごくり、とその場にいた全員が息を呑んだ。 一瞬間を空けて、フーケは我に返るとすぐさま詠唱を始めた。目の前で起きた光景は信じられないが、チャンスであることには違いは無い。 長い詠唱であったが、その場にいたデュフォー除く全員が壁に突き刺さった剣に目を奪われていたので完成まで誰にも邪魔をされることは無かった。 デュフォーは別にどうでもいいといった感じでフーケを邪魔することも無く、ルイズたちが剣を見るのを眺めていた。 巨大なゴーレムが現れるとデュフォーはとりあえず近くにいるキュルケとルイズの肩を叩いた。 「「きゃっ!?」」 突然の刺激に驚いたのか二人が身を竦める。 「な、何するのよ!」 「ダーリンったら。触りたいなら前もって言ってくれれば」 まるで別々のことを言ってくる二人だったが、二人とも同じようにデュフォーに無視された。 あれを見ろ、デュフォーはそう言ってルイズたちの後ろを指差すと小石を拾ってタバサに軽く投げる。 こつんと頭に当たり、惚けたような表情で剣を見ていたタバサが我に返る。 そして石が飛んできた方向を見て、固まった。ルイズとキュルケも同様にデュフォーが指差した方向を見て固まっていた。 土でできた巨大なゴーレムがそこに居た。 いち早く硬直が解けたキュルケが悲鳴を上げて逃げ出す。 タバサがウィンドドラゴンでキュルケを拾った。 ゴーレムはデュフォーたちのいる場所。本塔の方へと向かっているため、キュルケのようにその場を離れなければウィンドドラゴンで拾うことは難しい。 だがルイズは逃げようとしない。それどころかゴーレムに向けて呪文を唱える。 巨大な土ゴーレムの表面で爆発が起こる。"ファイヤーボール"を唱えようとして失敗していつもの爆発が起こったのだろう。 当然ゴーレムには通じない。表面がいくらか爆発でこぼれただけだ。 それから何度もルイズは呪文を唱えた。そのたびに爆発が起こる。だがゴーレムはびくともしない、爆発のたびに僅かに土がこぼれるが、それだけだ。 「逃げないのか?」 冷静な声で隣に居るデュフォーがルイズに訊ねた。 ゴーレムはもうすぐ近くまで来ている。 「いやよ!学院にあんなゴーレムで乗り込んでくる奴なのよ。そんな奴を捕まえれば、誰ももう、わたしをゼロのルイズだなんて……」 真剣な目でルイズが言いかけた言葉をデュフォーは遮った。 「お前、頭が悪いな。あいつを捕まえようがお前がゼロのルイズと呼ばれることに関係はないだろう」 息が詰まる。怒りで目の前が真っ赤になった。許せない。ただその言葉だけがルイズの頭の中に浮かんだ。 「ふふふふ、ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 その叫びに、ゴーレムも驚いたのか動きが止まる。 「ななな、なんでわたしがゴーレムを捕まえても関係ないってあんたにわかるのよ!」 怒りのあまり呂律の回らなくなった口調で叫び、ルイズがデュフォーに掴みかかる。 「お前がゼロと呼ばれているのは魔法が使えないからだろう?例えこいつを捕まえようがお前が魔法を使えないことに変わりはない」 まったく熱を感じさせない声でデュフォーがルイズに告げる。 「だから逃げろって?こいつを倒しても扱いは変わらないから。……はっ、冗談じゃないわ!」 ルイズは短く吐き捨てるとこう叫んだ。 「敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!たとえゼロのルイズと呼ばれるのが変わらなくてもわたしは決して逃げないわ!」 再び動き始めたゴーレムがルイズを踏み潰そうと足を振り下ろした。 その足に対してルイズが杖を振る。爆発が起こり、土がこぼれた。まったく変わらないゴーレムの足がルイズへと迫る。 ルイズの視界がゴーレムの足で埋め尽くされる。そこで横から引っ張られた。 地面に投げ出され、尻餅をつく。横を見上げるとそこにデュフォーが立っていた。ギリギリのところでデュフォーが踏み潰される前にルイズを助けたのだ。 ゴーレムの方はルイズを踏み潰したと思ったのか、それとも興味をなくしたのかその場で止まった。 そして腕を引くと、本塔の壁。それも壁に突き立っているデルフを殴り飛ばした。当たる瞬間にフーケの魔法により、ゴーレムの拳が鉄に変わる。 デルフを楔として、本塔の壁に亀裂が走る。一瞬の沈黙の後、壁が崩れた。 ゴーレムの肩からフーケが降りると壁の中へと入っていく。壁の後ろにあるのは宝物庫。フーケの狙いはその中にある破壊の杖だった。 助けられたことで張り詰めていた糸が切れたのか、ゴーレムが壁を破壊していくのを見上げながら、ルイズの目から涙がこぼれた。 自分の力が通じない悔しさにルイズは泣きながら拳を握りしめる。 そんなルイズに対してデュフォーが声をかけた。 「お前、頭が悪いな。逃げないのは構わないが無駄なことをして何がやりたいんだ?」 思いやりのまったくない言葉に更に涙が溢れる。 「だって、悔しくて……わたし……いっつも馬鹿にされて……だから見返したくて……」 嗚咽で途切れ途切れに言葉を紡ぐルイズ。 そんなルイズをデュフォーは一刀両断で切り捨てる。 「お前は本当に頭が悪いな。見返したいのなら、何故無駄なことをする?」 ナイフのようにデュフォーの言葉はルイズを切りつける。 泣きながらルイズはそれに反論した。 「わかってる……わかってるわよ、わたしじゃどうしようもないことくらい……でも、じゃあどうしろってのよ!」 その言葉に対する返事はすぐにデュフォーから返ってきた。 「オレが指示を出す」 ルイズは顔を上げた。 今聞いた言葉が信じられなかったからだ。 「どうやったらあいつを倒せるのか?その『答え』が欲しいんだろ?」 普段と変わらない冷静な表情でデュフォーはルイズにそう告げた。 「―――え?」 目に涙を浮かべたまま、告げられた言葉の真偽を確かめるかのようにルイズはデュフォーを見つめる。 いつもと変わらない表情。嘘でも慰めでもなく、ただ単純に事実のみを伝えたという様子でデュフォーはルイズを見ていた。 「……本当に、あいつを倒せるの?」 おずおずとルイズがデュフォーにそう訊ねた。 まるで目の前の希望に縋り付いて裏切られるのが怖いという様子でデュフォーの提案に乗ることを躊躇している。 だがそれもデュフォーが口を開くまでだった。 「お前、頭が悪いな。『答え』が出せるから、『指示する』と言ったんだ」 ビキッという音があたかも実際にしたかのような勢いでルイズの顔に青筋が浮かぶ。 同時にデュフォーの提案に対して躊躇させていた気持ちは跡形も無く吹き飛んだ。 「やるわよっ!やってやるわ!」 それを聞くとデュフォーはルイズに向けてこんなことを言った。 「そうか。だったら今から奴を追う。そして術者に対して直接"ファイヤーボール"を唱えろ」 あまりといえばあまりに突飛な提案にルイズの目が丸くなる。 「ちょっ、ちょっとデュフォー!何で"ファイヤーボール"であのゴーレムが倒せるのよ?防がれて終わりでしょ!」 「何を言っている?お前が魔法を使えば爆発が起きるだろう。それでゴーレムを操っている術者を直接倒せばいいだけだ」 「んなっ!ははははは、初めからわたしが魔法を失敗することが決まってるみたいに言わないでよ!ひょっとしたら成功するかもしれないじゃない!」 しかしデュフォーはルイズの怒声を無視すると、ウィンドドラゴンに乗って上空を飛んでいるタバサへと声をかけた。 「何?」 タバサはデュフォーの近くまで来ると、自らの使い魔の上から降りて何の用なのか訊ねた。 ルイズが対して何やら騒いでいるのは互いに完全に無視している。 「今からあのゴーレムを倒しに行く、だからその風韻竜で後を追ってくれ」 告げられたゴーレムを倒すという言葉よりも、風韻竜という言葉に驚いてタバサは息を呑んだ。 そしてデュフォーに対して警戒の目を向ける。だがデュフォーはこちらもあっさり無視してまだ騒いでいるルイズに向き直った。 その様子にタバサはこの場でそのことについて言及することを諦めた。 幸いなことに今デュフォーが言った風韻竜という言葉を聞いていたのは恐らく自分しかいない。 キュルケは風韻竜の上にいるから、今の会話が聞こえていた可能性は低い。ルイズは騒いでいるからこれもまた今の言葉が聞こえていた可能性は低い。 だがこの場で下手に追求したら、近くにいるルイズと自らの使い魔の風韻竜―――シルフィードの上に乗っているキュルケにも聞かれるかもしれない。 そう判断するとタバサはシルフィードに戻った。 そして"レビテーション"でデュフォーたちをシルフィードの背に乗せる。 デュフォーたちが乗ったことを確認すると、指示通りゴーレムを追いかけ始めた。 「ねえタバサ、あなたさっきダーリンから何を言われたの?」 シルフィードでゴーレムを追い始めて間もなくして、キュルケはタバサにそんなことを訊ねた。 デュフォーとルイズはピリピリとした空気を発していて、とても声をかけられる雰囲気ではない。 正確にはルイズだけがそんな空気を発しているのだが、デュフォーは平然とした顔でその近くにいるため同様に声をかけられる雰囲気ではなくなっている。 そのため親友であり、今のところ何もしていないタバサに聞くことにしたのだ。 「今からゴーレムを倒すって」 タバサはそれに対して短く答える。 「あ、それで私たちにも手伝うようにってことかしら?でもあんなゴーレム相手にどうやって?」 その返答に対しキュルケが訝しげな表情を顔に浮かべた。 当然だろう、あんなゴーレムをどうやったら倒せるというのだ。 「違う。今からあのゴーレムを操っている術者を吹き飛ばすから、そうしたら捕まえろって言われた」 その言葉に対してキュルケは息を呑む。 「ちょっ、ちょっと本気!?どうやったらそんなことができるのよ。ここから魔法を撃ってもあのゴーレムが防いで終わりに決まっているじゃない!」 タバサは叫ぶキュルケに眉根を寄せた。 「わからない。でも……」 そう言うとタバサは首を後ろに向けてデュフォーたちを見る。 「彼はできないなんて微塵も思っていない」 ゴーレムと風韻竜では速度において圧倒的に差がある。 そのためフーケのゴーレムに追いつくまでにはさほど時間はかからない。 丁度城壁を越えたところで追いつき、その上空を旋回する。 それを確認するとデュフォーは隣にいるルイズに声をかけた。 「ルイズ。あそこだ」 その指の先にはフーケの姿があった。 「そろそろ詠唱を始めろ。このままの位置を保ち、奴を吹き飛ばす」 その言葉にルイズが息を呑んだ。 そして意識を集中し、呪文を唱え始める―――が数秒もしないうちに詠唱は尻すぼみになり、途中で消えた。 「……やっぱり、無理よ」 消えてなくなりそうな声がルイズの口からこぼれた。 「何故だ?」 何を言ってるんだこいつは?という顔で聞き返すデュフォー。 「動いてる的に直接当てるなんて今までやったこと無いのよ!無理に決まってるわ!」 ヒステリックに叫ぶルイズ。 それに対してデュフォーは呆れたような顔をしてルイズに向けて言った。 「オレが言ったことはお前ができる範囲のことでしかない。不可能だというのなら、それはお前自身に問題がある」 ルイズは歯を食い締めた。自分に問題がある?そんなことは最初からわかっている。 「今更なに言ってるのよ!わたしに問題があるなんて最初からわかってるでしょ!」 その言葉にデュフォーはますます呆れたような表情になった。 「お前、頭が悪いな。オレが言っていることを理解できていない」 ルイズは顔を上げるとデュフォーを睨みつけ、そして叫んだ。 「なにが理解できてないっていうのよ!あんたなんかにわたしのことはわからないわ!」 その叫びを受けてもデュフォーは微動だにしなかった。何の感情も浮かび上がっていない瞳で睨みつけるルイズを見返す。先に目を逸らしたのはルイズだった。 デュフォーはそんなルイズに対して追い討ちのように言葉を投げつける。 「オレはお前の能力を理解した上で、できると言っている。できないと思い込むのはお前の自由だ。だがそれはお前自身ができないと思い込むことで、自分の能力を下げているからだ」 それはまったく温かみを感じさせない冷徹な言葉。 だがその言葉は不思議とルイズの中に染み渡る。 その言葉の重みは今ままでルイズが感じたことのある誰のものとも違った。 失望でも、期待でもない。ありのままの事実。ルイズに対してそれができて当たり前だからやれと要求するだけの言葉。 ルイズの胸の中で何かが溶けて消えた。代わりに熱いものが溢れる。 「もう一度聞く。あいつを倒すための『答え』が欲しいか?」 そして再び、デュフォーがルイズに訊ねた。 デュフォーの問いかけに対し、恐らくそれが最後の確認だとルイズは理解した。 ここで断ればきっとデュフォーはルイズにさせることを諦めるだろう。 だからルイズは答えた。今まで生きてきた中で培っていた勇気を全て振り絞り、ルイズはデュフォーに答える。 「……欲しい。わたしはあいつを倒すための『答え』が欲しい!」 気圧されることも無く、それを受けてデュフォーは一度頷いた。 聞き返しはしない。デュフォーからしてみれば最初からできるとわかっていたことに何故悩んでいたのかと不思議に思うだけだ。 だから後は互いにやるべきことをやるだけでしかない。 短くデュフォーが合図をする。 「今だ。詠唱を始めろ」 軽く頷き、ルイズはゴーレムの肩にいるフーケを見つめると深呼吸をした。 息を吸い、吐く。 呼吸を落ち着かせ、標的を見つめる。 さっきまで荒れ狂っていた心臓が、今は静かに鼓動を奏でているのがわかる。 自分と標的。世界に存在するのはその二つだけ。 集中する。一度限りの大博打。外せば次のチャンスはないと警告はされた。 詠唱を始める。かつてないほど集中しているのが自分でもわかる。外す気なんて欠片もしない。さっきまであれほど不安だったことが嘘みたいに感じる。 悔しいがあの使い魔の言っていることは全て正しいのだろう。 思いやりとかそういうものはまるでないが、それだけに事実が痛いほど突き刺さる。 だけどそのおかげでわかったことがある。 ただ悔しく思うだけじゃ何も変わらない。悔しいからって無謀なことをしても何も意味が無い。 そして劣等感から自分の能力を低く評価したら、ますます駄目になるだけだ。 まず自分にできることをしっかりと見つめる。その上で、できることをやる。 そうでなければ前には進まない。 たぶん今までの自分は無いものねだりをしていただけの子供だったのだろう。 そんな自分に対してできると断言したデュフォー。 信頼とか暖かい気持ちなんて微塵も感じない。ただ事実を告げただけという感じの言葉。 だけどそれだけに―――信じられる。 純粋に自分の能力を評価してくれているとわかるから。 思いやりや盲信からの過大評価も、蔑みからの過小評価もしない、ありのままの自分の能力を見てくれてると信じられるから。 だからわたしはあいつの言うことを信じる。 ありのままのわたしを見てくれる人間として、あいつを信じる。 ―――だからこれは絶対に成功する。失敗なんてするはずがない。 "ファイヤーボール"の詠唱が終わる。 瞬間、フーケの真横で爆発が起きた。 人形のように吹き飛ぶフーケ。 タバサが杖を振り、"レビテーション"をかけて落下するフーケをシルフィードの上に運ぶ。 術者が気を失ったためかゴーレムが崩れ土の塊へと戻る。 ルイズは安堵すると大きく息を吐いた。 やりとげたことを実感すると、途端に全身から力が抜けてその場に崩れ落ちる。 シルフィードから落ちないようデュフォーが襟を掴んだ。 「ぐえっ!」 襟が引っ張られ首が絞まる。 「何すん――」 文句を言おうとルイズは鬼のような形相でデュフォーを睨んだ。 が、いつもと変わらないその顔を見ると怒りは急速に萎んで何だか笑いがこみ上げてきた。 「ふ、ふふふ、あははは!」 キュルケが『凄いじゃない、ルイズ!』と褒めてきたが、それよりもデュフォーのよくやったなと褒めるでもないその態度が今は無性に嬉しかった。 そのまま学院に戻るまでルイズは笑い続けた。 前ページゼロの答え
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そんなこんなで教室にやってきたルイズと暁。 二人が入ると生徒達の視線が一斉に集まる。 バカにしたような目で見られ、笑い声が聞こえてくる。 ルイズはそれらを無視して席に着く。 キュルケ一人だけは暁に手を振ってくる。 暁はそれに答え、にやけ顔で手を振り返す。 それを見たルイズは無言のまま暁の足を踏みつけた。 悶絶する暁にルイズは 「アンタは座っちゃダメ」 と一言だけ告げ、すぐに前を向く。 本来なら抗議のひとつでもしたいところだがルイズがとても怖いので仕方なく教室の後ろに行く。 しばらくすると教室に優しそうな中年女性が入ってきた。 教師のミセス・シュヴルーズである。 「みなさん、春の使い魔召喚の儀式は成功のようですね。」 シュヴルーズはそう言いながら使い魔たちを見回す。 すると教室の後ろの暁に目が止まる。 「おやミス・ヴァリエール、ずいぶん変わった使い魔を呼び出したようですね」 その言葉に教室が笑い声に包まれる。 暁は自分を人気者だと勘違いしたのか、頭をかきながら笑顔でみんなに愛想を振りまく。 それを見たルイズは顔が真っ赤になるのを自覚した。 あのバカ、また調子に乗って! 昼食も抜きにしてやろうかしら。 そんな暁へのお仕置きを考えていると 「それでは授業を始めます」 シュヴルーズの声でルイズは考えるのをやめ、授業に集中した。 授業の内容は魔法の基礎知識だ。 火、水、土、風の四大要素や失われた虚無のことなど わかりやすく説明している。 そんな授業を聞きつつ暁は寝ていた。 壁にもたれ、座り込みながら熟睡している。 最初は魔法の授業なんておもしろそうだと好奇心に満ちた暁だったが 開始5秒で夢の世界に入ってしまった。のび太君並である。 ふと自分の使い魔の方を見たルイズは慌てて起こそうとする。 「アンタなに寝てんのよ、起きなさい」 シュヴルーズに聞こえないように、なるべく小さな声で暁に呼びかけた。 が、そんなもので暁は起きるはずも無く 「長官ー!」 「誰に物を言っている」 だのよくわからない寝言をぼやいている。 「ミス・ヴァリエール!後ろを向いて何をブツブツ言っているのです!」 「す、すみません…」 シュヴルーズに注意され、教室のみんなに笑われたルイズは暁へ怒りを向ける。 絶対後でお仕置きしてやるんだから! しかしシュヴルーズはさらに言葉を続ける。 「それではこの錬金はミス・ヴァリエール、貴方にやってもらいましょうか」 笑い声に包まれていた教室は水を打ったように静かになり、生徒たちの顔色が青くなる。 「あのー、ルイズはやめたほうがいいと思います」 一人の生徒が提案するがシュヴルーズは却下する。 「何を言っているのですか。さ、ミス・ヴァリエール、気にせずやってみましょう」 「は、はい」 力なく返事をするルイズ。 生徒たちは半ば諦めて机の下に隠れ、その使い魔も物陰に身を隠す。 居眠りをしてる暁を除いて。 女は度胸。 こうなったら一か八かよ! ルイズは決意を固めて杖を振るう。 その瞬間ゼロのルイズの代名詞ともいえる爆発が起こった。 「なんだぁ!」 突然の爆発音に暁は目を覚ます。 周りは舞い上がった埃でよく見えない。 「一体何が…」 その後の台詞を暁は喋ることができなかった。 爆発で飛び散った破片の一つが暁の頭に直撃したのだ。 「ギャー!」 暁は叫び声を上げつつ本日二度目の居眠りに入った。 大破した教室にはルイズと暁の二人だけだった。 授業は中止になり、罰として後片付けをしている。 「何で俺まで掃除しなきゃなんないワケ?俺のせいじゃないじゃん」 痛い頭を擦りつつ暁は不満を口にして瓦礫を片付けている。 「うるさいわね、使い魔なんだから手伝いなさいよ」 ルイズは机を拭きながら暁に答える。 「魔法失敗したんだって?キュルケちゃんから聞いたよ」 どうやら暁にはバレていたようだ。 もう隠してもしょうがないだろう、ルイズは認めた。 「そうよ、おかしい?魔法も使えない貴族なんて」 暁の性格からしてからかったりするのだろう、そうルイズは予想したが 「ん?別に。誰でも失敗はするでしょ」 意外にもバカにしたような答えは返ってこなかった。 しかしルイズは落ち込んでいる。 暁は失敗をたまたまと思っているかもしれないからだ。 ルイズはすべてを話す。 「違うわ、私はいままで魔法の成功は一度も無いの。魔法の成功ゼロだから ついたあだ名がゼロのルイズ。だからいつもみんなにバカにされて…」 自分で言っていて悲しくなってきた。 こいつも私のことを軽蔑するのかな そんなことを考えていた。 「気にすんなって、そんなこと。いつか使えるようになるさ」 暁はルイズをバカにしたりはしなかった。 女の子が落ち込んでいたら必ず励ます。そんなの暁にとっては基本だ。 しかし今のルイズにそんな言葉は効果が無い。 「いつかっていつよ!気休めはやめて!私だっていつかは使えると思ってた。 勉強もいっぱいしたし、魔法だっていっぱい唱えたわ。でも出来ないのよ! 魔法が使えない貴族なんて何の意味があるの?お姉さまたちもクラスメイトもみんな使えるのにどうして私だけ。 それにアンタみたいなただの平民を…」 自分に対する苛立ち、不満を一気に吐き出したルイズは肩で息をするほど興奮している。 そんなルイズの傍に暁は寄る。 そして同じ目線まで腰を落とし語りかける。 「だからさ、焦ることないって。今まで頑張ってきたんだろ。もうちょっとのんびりいこうよ。」 「のんびりなんて出来ないわ」 ルイズはまだ沈んだままだ。 バカにされたくないのもあるが貴族としての自分のプライドもある。 暁はうーんと唸って、ルイズに提案した。 「じゃあさ、こう考えない?明日は使えるかもしれないって」 「明日?」 「そ。それなら毎日が楽しみになるじゃん。一度しかない人生なんだからさ、気楽にいこうよ。ふんわかふんわか、ね」 「何よ、ふんわかって」 聞き慣れない変な言葉にルイズは少し表情が緩む。 その瞬間を見逃さず暁は続ける。 「それとさ、魔法使えるようになったら俺に一番に見せてよ」 「アンタに?」 「うん、俺使い魔なんだから当然の権利でしょ。でもルイズの初めての魔法ってどんなのかな。 石をバナナパフェに変えるとかだったらいいよなー」 「そんな変な魔法あるわけないでしょ!」 暁にすかさずツッコミを入れるルイズにはちょっとだけ笑顔が浮かんでいた。 やっぱ女の子には笑顔が一番だな その後、ルイズと暁は初めての魔法をあーでもないこーでもないと言い合いながら掃除を済ませ 昼食に向かうのだった 「そういえばアキラ、朝食のときドコに行ってたのよ?」 「あ…あー、まあそれはいいじゃないの。ね」